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悠仁さま「東大計画」 紀子さまお受験の葛藤

「週刊文春」編集部
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 受験シーズンが始まったが、皇族方も例外ではない。“次代の天皇”悠仁さまはどうやら既に名門進学校への切符を手にされたようだが、異例の進学先を巡っては様々な意見があるのも事実。学究肌の紀子さまの胸中は――。

 

▶悠仁さま 筑波大附属高「内定」宮内庁幹部の懸念
▶愛子さま “東大に受かる”も学習院進学に雅子さま
▶父も弟も東大院 紀子さま「学者になりたかった」
▶秋篠宮が応援 佳子さま「有名私大受験も不合格」

「歌会始で披露されるお歌は、とかく自然や季節に関するものが多い。そんな中にあって“自分の世界が開かれ始める”と、ご自身の生き方を織り込まれた。品があって慎ましい意思表示ながら、大胆で力強いお歌です」

 天皇家の長女・愛子さま(20)のお歌をそう称えるのは、歌人で歌会始選者の篠弘氏だ。

昨年12月に20歳になられた愛子さま

 1月18日、宮殿・松の間で「歌会始」が行われた。今年のお題は「窓」。昨年12月に成年を迎えられた愛子さまにとっては初めてのご詠進となり、注目が集まった。披露された愛子さまのお歌は、こうだ。

英国の学び舎に立つ時迎へ開かれそむる世界への窓

 宮内庁担当記者の解説。

「愛子さまは学習院女子高等科2年生だった18年の夏休みに、短期留学プログラムを使って英国の伝統校・イートン校に3週間にわたって滞在されました。そのときのご心境を詠まれたお歌だそうです。4年前の出来事ですが、それほどこの英国留学が心に残っておられたのでしょう」

 天皇も雅子さまも、英オックスフォード大に留学されるなど、英国には縁が深い。天皇は留学時にイートン校を訪問されたこともあるという。

2019年の即位パレードでの天皇と雅子さま

「愛子さまは、ご両親の留学された英国をご覧になって『これから一層勉強しなければならない』との思いを新たになさったのだと思います」(前出・篠氏)

 現在、学習院大学文学部の日本語日本文学科に在学中の愛子さま。コロナ禍に配慮してリモートで授業を受ける日々が続いているが、“学業優先”の姿勢を貫いておられる。

「歌会始や、それに先立つ14日の『講書始』も欠席されました。大学の試験期間中だというのが理由です。昨年に20歳の誕生日を迎えられた際にも、成年行事は誕生日当日ではなく週末に行われた。これも大学の授業に配慮した措置でした」(前出・記者)

“英国での誓い”を胸に、勉学に邁進なさる愛子さま。文章の感性の鋭さにはかねてより定評があった。

「愛子さまは授業のレポートもさらさらとお書きになり、語彙も豊富。中等科卒業時、広島の原爆ドームを見学された際の心境を綴られた作文が公開されましたが、巧みな表現に感嘆の声が挙がりました」(同前)

 これには天皇も、

「誰かが代わりに書いているのかと思ったが、本人だった」

 と、驚いておられたという。

 学業成績も優秀とされた。

「初等科のころから、愛子さまに主要5教科の勉強を教えるために、公立小で教諭をしていた女性が宮内庁御用掛として雇用されていました。この“家庭教師”は、中等科時代に、公立高に勤務していたベテラン女性教師に交代しましたが、この時点で指導を受けるのは主に数学のみになった。他教科の指導はもう必要ないということだったのでしょう」(皇室担当デスク)

 そのため一部では、雅子さまの母校・東大にも「受かる学力」と報じられ、東大受験説が囁かれた。だが、

「愛子さまの家庭教師の役割は、あくまで学校の授業のサポート。実際に東大受験を目指されたことは無かったようです」(同前)

 父親が外交官だった雅子さまは、小学校3年から高校1年までは田園調布の雙葉学園に通われたが、その後、父の米国赴任に伴いボストンのハイスクールに転校されハーバード大に進学。卒業後、日本で外交官を目指すにあたり「外交官試験に失敗したときに備えて日本の大学に籍を置いた方が良い」という父の助言で、東大に学士入学している。

“帝王教育”に手が回らない

「雅子さま自身、積極的に東大を目指されたわけではなく、特に学歴にこだわられることもないようです。愛子さまにも受験勉強を強いるのではなく、学校の勉強に取り組まれるのを見守り、支えてこられた。その結果、愛子さまはご自分で『今日はここを勉強する』と決められ、数学以外の教科で分からないことがあるとその都度、指導してくれる先生を招くなど、自主的に勉強に励まれました」(同前)

 一方、こちらも新たな「窓」の前に立っておられるのが、秋篠宮家の長男・悠仁さま(15)だ。

悠仁さま

 お茶の水女子大学附属中に通われる悠仁さまは、現在、受験シーズン真っ只中だ。悠仁さまが筑波大学附属高校(筑附)への進学を決意されたのは、小誌が12月30日・1月6日号で報じたとおり。偏差値67の難関校を目指し、悠仁さまは年末年始も机に向かっておられたという。

「お茶の水大と筑波大は『提携校進学制度』を導入しており、悠仁さまはこれを利用されるのではないかと見られてきました。一般入試だと他の生徒を“蹴落とす”ことになりかねませんが、提携校制度を利用すれば、特別入試での進学が可能です」(前出・記者)

 この進学をめぐっては、新たな動きが。

「筑附では、1月8日に内部進学を志望する生徒に向けた試験が行われ、数日後に結果が通知されました。これにあわせて、提携校制度の合格者も決定したそうです。悠仁さまもすでに合格通知を手にされたはずです」(宮内庁関係者、筑附は「試験に関することはお答えできません」と回答)

 筑附は毎年30人近くの東大合格者を輩出する進学校。お茶の水中の保護者はこう明かす。

「お茶の水中では、秋篠宮さまに近い保護者を中心に『秋篠宮ご夫妻が東大進学を望んでおられる』と専らの評判でした。『東大へは推薦で入学するという青写真を描いておられる』とも言われていました」

 ご夫妻の間でも、とくに「東大計画」を推し進めているのは紀子さまとされてきた。紀子さまの東大“お受験”への関心を窺わせる、こんな話もある。

「お代替わりで秋篠宮さまが皇嗣になられるにあたり、職員が増員されました。新規で採用する職員を選んでいるとき、筑附高から東大という経歴を持つ人物に、紀子さまが強い関心を示されたのです。実際にこの人物は職員として採用されました」(秋篠宮家関係者)

 紀子さま自身も、東大と縁が深い。紀子さまの父、故・川嶋辰彦氏は東京大学経済学部から同大学院に進んだ。弟の舟(しゅう)氏も学習院高から麻布大学を卒業後、東大大学院で獣医学の博士号を取得しているのだ。

昨年11月に亡くなった川嶋辰彦氏

 ご本人もじつは学究肌。学習院大大学院で社会心理学を学んでおられた紀子さまは、結婚前にこう語っておられたという。

「父の仕事を見て育ったので、学者になりたいと思っていた」

学習院大時代の紀子さま

 実際、悠仁さまが3歳になられる09年、研究の世界へ舞い戻られている。

「日本学術振興会が出産や育児を経た女性研究員を研究現場に復帰させるために設けたプログラムを利用し、名誉特別研究員としてお茶の水女子大で健康心理学の研究に着手されました」(前出・秋篠宮家関係者)

 この紀子さまの“進学”が、悠仁さまの進路にもつながった。

悠仁さまと紀子さま

「10年に悠仁さまがお茶の水女子大附属幼稚園に入園されたのは、お茶大で研究者の子どもを対象にした『特別入学制度』を利用されたためで、これが適用第1号でした。紀子さまは13年には論文を完成させて博士号を取得されたほか、17年にはお茶大の人間発達教育科学研究所で特別招聘研究員に就任されました」(同前)

 悠仁さまはトンボなど昆虫に関心をお持ちだとされる。「東大農学部には応用昆虫学や昆虫遺伝学などの有名な研究室がある」(農学部OB)といい、ご関心を深めるには最高の環境だろう。筑附進学により、紀子さまの「東大計画」はより現実味を帯びることになるのだ。

 だが――。ある宮内庁幹部はいま、周囲にこう懸念を示しているという。

「筑附から東大って、どうなのかね……」

 なぜ、“エリートコース”が歓迎されないのか。

「悠仁さまは将来、天皇になられるお方。ですが、筑附のような進学校では、日ごろの勉強に割かれる時間も多くなるでしょう。東大を目指すとなれば尚更です。そうなれば、天皇になるための“帝王教育”にまで手が回らなくなるのではないかと、心配する声が挙がっているのです」(前出・宮内庁関係者)

 秋篠宮に次いで皇位継承順位第2位の悠仁さま。これまで近代の天皇は、学校の外で“帝王教育”を受けてこられた。

「いまの天皇陛下は、7歳ごろから美智子さまの提案で、東大名誉教授の宇野哲人博士から『論語』のご進講を受けておられる。また、歴代天皇のご事績も日本史の専門家を招いて学んでおられます。このような帝王教育は、学校で無理ならば、ご両親がお手本を示され、教育環境を整えられるほかないようです」(京都産業大学名誉教授・所功氏)

 秋篠宮と紀子さまに委ねられた、悠仁さまの“帝王教育”。だが、その実態はなかなか見えてこない。

 秋篠宮は「悠仁さまのご教育にしかるべき方をお呼びすべきでは」という周囲の進言にも「そういうのが良いとは限らない」と否定的だったという。

秋篠宮

「お茶小時代には家庭教師を呼んだこともありましたが、勉強ではなく運動のお相手。秋篠宮さまが客員教授を務める東京農業大学の学生が毎日のように宮邸に通い、一緒に木登りなどをしていました」(別の秋篠宮家関係者)

 一方で悠仁さまは小学生のころから沖縄や長崎、広島など、戦争の記憶を伝える土地を訪問。6年生だった18年夏には、作家の故・半藤一利氏を招いて「太平洋戦争はなぜ起こったのか」について、ご両親と共に話をお聞きになった。

「秋篠宮さまの教育方針は『本人の意思を尊重する』こと。最初から学者を呼んで教え込むよりも、日本各地にお連れしてご本人の関心を自然な形で高め、『知りたい』と思われたタイミングをとらえて専門家を呼びたいと考えておられるのでしょう」(同前)

 半藤氏の紹介で、著名な歴史学者が悠仁さまに進講をすることもあった。

「ただコロナ禍もあって、進講が定期的に行われている様子は無い」(同前)

 振り返れば“秋篠宮流”のご教育は、2人の姉に対しても同様だった。長女の眞子さん(30)が学習院女子中等科のころ、秋篠宮はこう仰っていたという。

「学習院は高校まで。大学進学にあたっての学力をつけさせたい」

 ご一家を知る人物が語る。

「秋篠宮さまは“皇族は学習院”という固定観念にとらわれずに進学してほしいとお考えだったのでしょう。それで眞子さんは高等科3年生のとき、いろいろな大学のキャンパスをご覧になり、後半で見学した国際基督教大学(ICU)を気に入られたのです」

 次女の佳子さま(27)も中等科のころから「環境を変えたい」と、学習院以外の大学を見据えておられたようだ。

佳子さま

「特別扱いはしないでほしい」

「佳子さまは都内の有名私大や国立大の教育学部などを志望され、受験直前に志望校を知らされた秋篠宮さまも応援されていた。受験は不合格だったため、一旦は学習院大学に進まれますが、1年余で中退。AO入試を利用して、お姉さまと同じICUに入学されました」(前出・記者)

高校卒業時の佳子さまと紀子さま

 秋篠宮も誕生日会見で、佳子さまが第1志望に不合格だったことを振り返り、「何を自分がこれからしてみたいか、大学に進学せずに考える1年であってもいいのではないかと言えばよかった」と“浪人の勧め”を言えなかったことへの後悔を口にされたこともある。

 慣例にとらわれない“秋篠宮流”の教育。将来の天皇である悠仁さまについても、秋篠宮ご夫妻はお茶の水側にこう要請しておられたという。

「普通に育てたい。特別扱いはしないでほしい」

 生まれてから一度も学習院で学ばない、という皇族の誰も経験したことのない道を歩まれている悠仁さま。ゆくゆくは史上初めて、東大出身の天皇が誕生するかもしれない。

 だが、前例を打ち破ることには葛藤もつきまとう。前出の所氏は語る。

「学校は、どんな時も信頼しあい尊敬できる先生や友人との出会いの場でもあります。昭和天皇は東宮御学問所のご学友、上皇陛下も学習院時代の友人を通して見聞を広げられました。そういう師友は、卒業されてからもいろいろな気配りをしてきた。しかし今では、学習院でさえそうした環境が失われつつあるようです。まして他の高校や大学でそれができるのかどうか心配です」

 加えて、筑附進学の経緯も波紋を呼びかねない。

「お茶の水側は悠仁さまが小学校中学年のころから、秋篠宮家に『お茶中に内部進学をするなら早めに伝えてほしい』と要請していましたが、宮家側からの返事はなかなか来なかった。つまり、そのころから筑附中進学を検討なさっていたのです」(お茶大関係者)

 だが、小室圭さんが米フォーダム大に留学した経緯が「皇室利用ではないか」と批判を浴びたこともあり、中学進学時には「特別扱い」とされかねない筑附進学を回避された。結局、高校で念願の筑附進学を果たされると見られるが、

「宮内庁は悠仁さまの筑附合格について、2月中旬の一般入試の合格発表の後に発表するとされています。提携校制度を利用したか否か、分からないようにするためです。秋篠宮ご夫妻は『普通に育てたい』と望まれているかもしれませんが、将来の天皇ですからある程度の“特別扱い”は仕方がない。無理に隠そうとするほうが、却って国民からの反発を招きかねません」(前出・デスク)

 悠仁さまが開けようとなさる「窓」。その先の世界がどんなものになるか、秋篠宮と紀子さまの果たされる役割は大きい。

紀子さま

 

source : 週刊文春 2022年1月27日号

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