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兄はみずほ新社長、弟は岸田最側近 木原兄弟の「出世」「金」「好色」

「週刊文春」編集部
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 兄はトラブル相次ぐみずほFGの新社長に。弟は岸田首相の最側近として辣腕を振るう。バンカー揃いの名家に生まれた兄弟は今や政財界の話題を集める存在に。どんな家に育ち、いかに出世してきたのか。二人の素顔に迫る。

〈みずほFGの新社長は、岸田首相最側近の実兄〉

 そんなニュースが報じられた数日後、都内の閑静な住宅街に、二人の実家を訪ねた。

「お正月は毎年、兄弟が実家に揃うんですが、今年は忙しくてそれもねぇ。仕事が大変そうで、お休みはとれるのかな、と心配です。親は、みんなそういうものだと思いますが(笑)」

――兄弟お二人の性格は?

「よく分かりませんが、兄のほうがちょっと物静かですかね」

――弟さんのほうが腕白?

「ちょっとね」

 小誌にこう語ったのは、今や政財界を席巻する「木原兄弟」の母親である。

 目下、岸田政権のど真ん中にいるのは弟の木原誠二官房副長官(51)だ。

弟の木原誠二氏

「1月頭に、岸田文雄首相の就任3カ月における面会回数ランキングがニュースになりましたが、木原氏が41回とダントツ。官房副長官と首相補佐官を兼務させられているほど岸田氏の信頼が厚く、『実質的にはもはや官房長官』と言われています」(政治部記者)

 どんな家庭で育ったのか。誠二氏は、かつてブログにこう記していた。

〈私は銀行一家で育ちました。祖父も親父もそして兄も皆な銀行員で、私だけが道を外したわけです〉

 曽祖父は台湾銀行の初代副総裁を務めた下坂藤太郎氏。祖父は、第一信託銀行(現三井住友信託銀行)元常務。父は東京銀行(現三菱UFJ銀行)で本店営業部長などを務めた後、日本国際通信(現ソフトバンク)で専務まで務めた。父の海外転勤に伴い、誠二氏は幼少期を米シカゴなど海外で過ごした。母が語る。

「(5つ上の兄・正裕氏が)小学5年生くらいまで米国にいました。帰ってきてからが帰国子女は大変なんです。当時はまだ様々な環境も整っていなかったですし」

 中高一貫の名門私立、武蔵に進み、テニスとおニャン子クラブに熱中する中高時代を経て東大法学部へ進学。真剣にテニスに打ち込むことで知られる有名サークル・トマトで主将を務め、全国選抜ダブルストーナメントで3位になったことも。

「決してガリ勉タイプではなく、ピアノも上手に弾いたり才能豊か。『木原君を紹介して』という女子大生がたくさんいた」(友人)

 93年に旧大蔵省入省。

「同期には国民民主党の玉木雄一郎党首がいた。同じ武蔵出身の吉野維一郎秘書課長が同期では次官候補です」(財務省OB)

 最初の配属は、証券局証券業務課だが、その後、メキメキと頭角を現す。

「能力が高いのは勿論だがとにかく社交性があった。幹部が多数参加する大蔵省のテニスクラブにもすぐに馴染んで出世の足掛かりに。大蔵省初の英国大蔵省への出向などを経て、出世の登竜門である採用担当の大臣官房の課長補佐に。その時に採用したのが、今ともに首相補佐官を務める村井英樹衆院議員」(同前)

 英国出向時にサッチャー元首相と交流したことが、政治家を目指した契機だと自身はしばしば語るが、

「省に入ってきたころから政治家志望。エース候補でしたから、『役所に残って頑張るのもいいぞ』と助言した先輩もいたが、05年に小泉純一郎首相が郵政解散を仕掛けると、誠二氏は『絶対出馬する』と飛び出した」(別の財務省OB)

 一時は母方の地縁がある山梨からの出馬を模索。だが空きが見つからず、結局、無縁の東京20区(東村山市など)から落下傘候補として出馬することに。調整に動いたのは「当時、宏池会会長だった古賀誠自民党元幹事長です」(同前)。

 古賀氏が語る。

「僕の信頼する財務省OBの方から、政治家志望の良い青年がいるから、指導してくれないかって。会ってその目の輝きを見て、本当にこれは政治家に向いている官僚だなと」

 35歳で初当選。出世の階段を着実に上がる一方で、心配されてきたのが、誠二氏の“好色ぶり”だ。知人が語る。

「とにかく女性にはモテるし、遊び方も派手。プロ野球元監督の娘のAさんや、大物俳優の娘で一時タレントだったBさんとも交際していたとか。『お父さん、選挙応援に来てくれないかな』と冗談交じりに言っていたことも。特に若い頃は、TOKIOの山口達也に似てる! なんて言われて本人もまんざらではなく、議員会館の自室でも美顔ローラーを顔にコロコロ当てていた」

 だが、2期目を目指した09年の衆院選では「政権交代」ブームの煽りを受けて落選。ヘッドハンティングを手掛ける縄文アソシエイツに入社した。古田英明代表取締役が振り返る。

「落選直後に知人の紹介で会い、ウチで勤務してもらった。落ち込んだ様子もなく、ヘッドハンターとして熱心に働いてくれました。社員旅行にも来ていた。政治活動は業務外の時間でやっていましたが、大変そうな様子も見せず、能力の高さを感じました」

 並行して、“政界のタニマチ”と呼ばれる矢島義也氏率いる大樹総研の特別研究員に。落選議員への資金援助のための肩書で、支給額は「人によるが月額10万〜20万円程度」(大樹総研関係者)という。

意外な人物との結婚

 自民が政権復帰した12年の衆院選で、再びバッジを付けた誠二氏。しばらくしてモテ男がついに年貢を納めたのだが、お相手は意外な人物だった。

「経団連に勤務していた、実家が料亭のお嬢様がフィアンセで、結婚式の案内状まで作成していたがドタキャン。その後に結婚したのが木原氏と同世代の元ホステス。もう大きい二人の連れ子さんがいたのですが、結婚後、一男一女をもうけ、今は6人家族です」(後援者)

 12年に古賀派が岸田派になると、誠二氏は領袖・岸田氏の“知恵袋”として存在感を増す。岸田氏が外務大臣を務めれば、誠二氏は外務副大臣に。政調会長になれば、政調副会長にといった具合で、昨年の総裁選でも公約作りを担った。

木原氏を重用する岸田氏

 木原氏の20年度の所得報告書によると、給与所得の約1764万円のほかに、78万円の雑所得がある。また、昨年末の閣僚等の資産公開によれば、選挙区の東村山市内にマンションの一室(44㎡)を保有、さらに静岡県熱海市にも52㎡の部屋を持つ。

 定期預金は400万円で借入金は2235万円。楽天グループ300株、日本製鋼所200株、他にもベンチャー企業等を含む計8社の株を保持している。

 昨年の衆院選で誠二氏の選対本部長を務めた小町明夫・東村山市議が語る。

「選挙では、奥さんも挨拶回りをしていたし、ご両親もよく事務所に顔を出しますね。休日にはお兄さんも挨拶に来ていた。『みずほがご迷惑をかけて……』と恐縮していましたね」

 2月1日にそのみずほFGの新社長となるのが誠二氏の兄、正裕氏(56)だ。3メガバンクで平成入行組(正裕氏は元年)が経営トップになるのは初という大抜擢だが、“火中の栗”と見る向きも。かつてはメガバンク最大の顧客を抱えたみずほだが、昨年だけでシステムのトラブルが九回も表面化。

「金融庁も、昨年9月と11月に業務改善命令を出しました」(経済部記者)

 

 さらに年明け1月11日には、法人向けのネットバンキングでログインしにくい状態が発生。みずほFGは経営陣刷新の前倒しに踏み切った。再生を託されたのが執行役だった正裕氏。

「前任の坂井辰史社長から大幅な若返り。当初は“次の次”と目されていたため、驚きました」(同前)

 当然、1月17日の会見でもこんな質問が飛んだ。

「木原官房副長官の兄ということで政権との距離が近くなるだろうが、このことにどんな意義があるか」

 正裕氏は、「(弟の存在が)私の判断を曇らせることはない」と語ったが、「金融庁も正裕氏の裏に岸田政権を感じざるを得ない何とも絶妙の人事」(金融ジャーナリスト)との声も。

兄の木原正裕氏

 5歳上の正裕氏は横浜の私立桐蔭学園高校を経て、一橋大法学部に進学。弟同様に文武両道で、アイスホッケー部で主将を務めた。89年に日本興業銀行に入行。同窓で入行同期の柿沼正明元衆院議員が語る。

「テニスしかしてないので」

「彼は大学時代も同窓会組織の留学枠に選ばれ、1年留学。銀行マンらしくないフランクな人柄だけど胆力があった。銀行の総合的な資金繰り(ALM)を担当。日本長期信用銀行が破綻し、短期金融市場が目詰まりした頃も冷静な仕事ぶりだった。抜擢といわれるが、中枢業務をやり、興銀関係者の間では社長候補として以前から名前が挙がっていた」

 94年には米デューク大ロースクールに留学。クラスメートだった田村耕太郎元参院議員は、敬愛を込めて“変人マサ”と呼ぶ。

「マイペースで物怖じせず日本のメガバンクのトップにはいなかったタイプ。大学にゴルフクラブを抱えてきて、一人でゴルフに行ったり。米国法を緻密に議論するハードな授業でしたが、前の方の席に座り、意見表明も堂々とする。ジョークも受けるし、米国人や他国の留学生にも非常に人気があった」

 そんな正裕氏、「昔は興銀の後輩女性と交際していた」(興銀OB)というが、第一勧業銀行元常務の娘と結婚し二人の子をもうけている。妻の母が語る。

「(社長就任は)天命があって降りてくるような大役と存じております。夫(正裕氏の義父)は『身体に気を付けて頑張ってほしい』と」

 前任の坂井氏の昨年度の役員報酬は1億5000万円。正裕氏も同程度になると見られる。

みずほFGの坂井前社長

 さて、兄弟に聞いてみよう。まずは弟の誠二氏。

――大学時代からモテた?

「私、テニスしかしてないので。テニスで全国1位になることだけを考えてやっていましたので」

――独身時代にAさんやBさんと交際されていた?

「……Aさんは知っていますけど。Bさんは存じ上げない。(交際は)していません」

――経団連に勤務していた女性と結婚の話があったが、とりやめた?

「ないです」

 一方、兄の正裕氏を訪ねると、青いダウンジャケット姿で気さくに応じた。

――兄弟揃って中枢に。

「普通の兄弟ですよ(笑)。弟が官房副長官でメリットがあるわけでもないし、偶然でしかないかな」

――弟さんはどんな存在?

「昔から政治家になりたいと言っていましたからね。選挙区も地元じゃないのに、そこである意味人を惹きつけている。立派ですよ」

――選挙を見に行くのは心配だから?

「全然(笑)。応援してくれる方がいるからね、一応兄として挨拶くらいは、と」

――お互い頑張ろうと?

「そんな意識もないけどね。道が違うから。ただ、日本は今、閉塞感あるでしょ? 打開する意味で、日本の政治に期待しています」

 この兄弟から当分、目が離せない。

source : 週刊文春 2022年1月27日号

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