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「咳が止まらない」23歳小誌記者が感染してわかったこと

「週刊文春」編集部
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 校了後の夜、激しい喉の痛みと悪寒で目を覚ました。1月12日の午前3時。「風邪が悪化したか」。私は知らなかった。すでにコロナに蝕まれていたことを――。

 体温計は37度6分を表示していた。夜が明けると39度7分まで上昇し、あまりの悪寒に布団から出ることすらままならない。乾いた咳も出始めた。

 午前9時、東京都発熱相談センターへ電話をかけた。女性が出て問診が始まる。最寄りの発熱外来を3軒紹介してもらったが、

「ただいま、電話が大変混みあっております」

 感染者増の影響か、電話がつながらない。1時間かけて予約できたのは午後6時の診察。夕方、家から5分の病院に歩いて向かう。

「インフルエンザの検査をして、陰性だったらPCR検査をします」

 防護服姿の女医はそう言い、インフルエンザ検査用の細長い綿棒を私の鼻の奥に突っ込んだ。5分後、陰性と判明。次にPCR検査専用のカップに少量の唾液を吐きだした。この検体を検査機関に送るという。

 5日分の解熱鎮痛剤と喉の痛み止め、咳止めが処方された。家に帰るも、39度5分と高止まりの熱に寝付けない。そして――。

「結果は、陽性です」

 13日正午、病院からの電話。女医の声があまりにもさらりとしていて、状況が理解できなかった。感染経路にも心当たりがない。最大の疑問はオミクロンなのかどうか。だが感染者数の増加で、軽症者やデルタの患者にはゲノム解析の結果を知らせていないという。

 すぐに会社や親に連絡。一人暮らしのため、万一を考え、住所を友人に伝える。

 悩みの種は食料だ。常備していたのはお粥だけ。ネットスーパーでポカリやリンゴ、冷凍うどんなど、手あたり次第に注文したが配達は翌日の午前。出前を頼もうにもだる過ぎて動きたくない。水とお粥で凌ぐ。

 午後6時、区の保健所から電話。軽症と判断されたのだろう。発症した12日から10日後の22日までの自宅療養が確定した。後は自己判断で復帰して良いとのこと。急変した際は保健所か都の自宅療養者フォローアップセンターに電話するように指示があった。

 ワクチンを打っても、こんなにしんどいのか。熱は、39度4分。喉の痛みや悪寒、倦怠感に加え、頭痛や関節痛もある。解熱剤を飲むと38度台まで熱が引き、症状も和らぐ。だが6時間ほどすると、再び激しい熱と寒気に襲われる。インフルに似た症状だが、絶え間なく出る咳に痰が絡み、息苦しさを感じた。

 悪寒が酷く、以前購入したヒートテックの敷パッドを敷く。喉の痛みには、蜂蜜を入れた紅茶。気を紛らわすため、オードリーのラジオを聴いたりもした。

ベッドの上にはヒートテックの敷パッド
蜂蜜たっぷりの紅茶で喉をケア

 14日、午前9時と午後2時に厚労省から健康確認のための自動架電。体温や症状をダイヤルを押して報告するのだが、「酸素飽和度、SpO2を3桁で入力してください」との質問には戸惑った。パルスオキシメーターのない私には知る由もない。不明を表す「999」を押す。知らない間に酸素飽和度が基準値を下回ったらと思うと、不安になった。午後、友達にLINEを返す元気も出てきた。

 翌日には37度台まで落ち着いたが、咳と喉の痛みはある。部屋が乾燥しているので、濡れタオルを部屋干しすると、気休めにはなった。本を読んだり、ネットフリックスを見る。

乾燥防止に濡れタオルを

 午後、区から荷物が届く。2リットルの水が1本、ティッシュとトイレットペーパー、レトルトの中華丼やカップ麺など。ありがたいが、ネットスーパーがなければやや心許ない数である。

区から届いた食料

 発症から5日目でようやく平熱に。食欲もわき、カップ麺をすする。だが薬が底をつきそうだ。病院に電話すると今度はすぐに繋がり、1週間分の薬を、薬局の方が置き配してくれた。

 熱が一旦下がれば、ほぼ元通りの生活を送れるようになる。幸い、再び発熱する様子は今のところない。だが療養が折り返しを過ぎても、さすがは呼吸器の病。今も咳が止まらない。

source : 週刊文春 2022年1月27日号

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