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埼玉中3暴行死“虐待の10人家族” 金髪内縁夫と9年前の同居人変死事件

学校に行けず弟妹の世話で1日1食

「週刊文春」編集部

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 埼玉で8人きょうだいの長男が死亡した事件。痩せ細った15歳は頭に激しい暴行の痕があり、肋骨など複数の骨が折れていた。さらに内縁の夫が牛耳る大家族の過去を辿ると、顔に青アザがあった同居人も“変死”していた――。

 昨年11月7日の夜9時頃。少年の家の庭先では、その日で3日連続となるバーベキューが始まっていた。

 弟や妹たちが和気あいあいと肉や野菜を頬張る中、帽子を深くかぶったマスク姿の少年だけはその輪に加わらず、隅っこのほうでジッと座り、ただ時が過ぎるのを待っていた。

 2時間ほどが経ち、後片付けも終わろうかというタイミングで中年男性が少年に何か声をかけた。少年は顔をゆがめ、老人のようによろよろと立ち上がると、そのまま片足を引きずりながら玄関の奥へと消えていった――。

 1月15日、埼玉県白岡市の住宅で中学3年の加藤颯太くん(15)が倒れているのを母親(38)が発見した。

小4の頃の颯太くん

「息子の部屋をのぞいたら意識がもうろうとしている」

 午前4時50分頃、母親からの119番で救急隊員が駆け付けると、1階リビングの布団の上に颯太くんが意識不明の状態で横たわっていた。

「少年の顔や下半身にアザなどがあったため、消防から県警に通報が入ったのです」(社会部記者)

 颯太くんは病院へ搬送されたものの、三日後の午後2時過ぎに息をひきとった。死因は頭に激しい暴行を受けたと見られる急性硬膜下血腫。遺体は肋骨など上半身の複数の骨が折れ、古い骨折の痕もあった。埼玉県警は傷害致死の疑いで捜査を開始した。

 事件現場はJR宇都宮線白岡駅から東へ約4キロ程の住宅街。周囲に田畑が広がり、夜はひっそりと静まりかえる小さな街の一角に、築37年の借家がある。

事件現場となった一軒家

 近隣住民が語る。

「あそこの家庭は生活が昼夜逆転していて、夜中にいつも子どもたちの騒ぎ声が聞こえてくるんです。静かになるのは朝の4時から5時頃。午後2時くらいになると子どもたちがぞろぞろ外に出てきて遊び始めます」

 家族構成は母親の連れ子3人と、内縁の夫との間に生まれた子ども5人の10人家族。颯太くんは8人きょうだいの長男で、1歳上に長女がいる。

 一家がこの地に引っ越してきたのは2018年の春。長女が中学校に入学する少し前のタイミングだった。

「当時、お母さんのお腹には赤ちゃんがいて、最初のうちは颯太くんも小学校にちゃんと通っていました。子どもたちは皆、礼儀正しく、道路で遊んでいても車が通ればサッと避けてお辞儀をする。挨拶もしっかり出来ていました」(同前)

 だが、新しい子どもが産まれてからは、颯太くんは不登校気味に。小学校の運動会や修学旅行にも参加せず、卒業アルバムにも写真が載らなかった。

「颯太くんは面倒見が良く、朝早くから台車を押して、ごみ袋に大量に入った下の子のオムツを捨てに来ていました」(同前)

 中学に入ってからは、ほとんど学校に行かなくなり、

「平日の昼間からきょうだいみんなで、いつも空き地や道路で鬼ごっこやスケボーをして遊んでいましたね」(別の近隣住民)

 一家は経済的に困窮し、生活保護を受給していた。

「子どもたちは周囲に『うちは1日に1回しかごはんが出ない』と漏らしていた。町内会費も、母親が『すぐに引っ越しますから』といって、最初は払っていなかったようです。それなのに車は4台も持っているから不思議なんです」(同前)

 4台の車のうちの1台は紺色のハイエースで、ホイールやフロント部分などがカスタマイズされている。運転しているのは内縁の夫の村本登さん(仮名)だ。

深夜2時に怒鳴り込み

「村本さんは40代後半で髪を金色に染めています。引っ越してきた当初から颯太くん一家と暮らしていますが、近所づきあいもしないし、挨拶しても無視。何の仕事をしているのかも全く分かりません」(同前)

 昨年12月にはこんな騒動があった。

「深夜2時頃、あるお宅を突然訪れ、玄関のドアノブをガチャガチャ回しながら『うちの子をいじめただろう! 出てこい! 俺は懲役行ってんだぞ』と怒鳴り込んだのです。颯太くんの家は全員が不登校だから、いじめようがないと思うのですが……」(地域住民)

 さらに、近隣の住民を困惑させたのは、連日続いたバーベキューだった。

「家の前の敷地で夜の9時頃から始めて、深夜12時頃までやっているんです。子どもたちの騒ぐ声と煙の臭いがひどく、警察に通報しようって地域の皆で話していたんですよ」(同前)

 冒頭の場面はこのとき目撃された颯太くんの姿だ。

「なぜか颯太くんだけ村本さんに敬語を使い、他のきょうだいからも無視されているようでした」(同前)

 以前に比べて颯太くんの姿は痩せ細っていたという。昨年末には別の住民がこんな光景も目にしていた。

「颯太くんが桶を持って出てきて、家の前の側溝に何かを流したんです。気になって見てみると、金網にご飯粒の混ざった嘔吐物がついており、大丈夫かなって」

 年が明けると、近隣で颯太くんの姿はほとんど見かけられなくなる。そして今回の事件が起きてしまった。

 悲劇の舞台となった大家族。その過去を遡ると、もう一人“謎の死”を遂げた“家族”がいた。

 事件現場から東へ約7キロ、埼玉県蓮田市の団地の一角に、木造2階建ての一軒家がある。10年ほど前、そこに住んでいたのは、当時30代半ばの徳岡裕さん(仮名)だった。

 近隣住民が振り返る。

「彼は大阪の大学を出た後、教育系の出版社で働いていました。向井理に似た賢そうな好青年でね。『脱サラして家庭教師か塾を開きたい』と言って、わざわざ挨拶に来たんです」

 当時、この徳岡さんと颯太くんの母親は交際していたという。徳岡さんをよく知る友人が語る。

「母親は看護師をしていて、3人の子どもがいました。元夫からDVを受けて離婚したそうで、優しい性格の徳岡さんに惹かれたのでしょう」

死亡した同居男性

 その頃、徳岡さんが行きつけの飲み屋で出会ったのが、村本さんだった。

「村本さんは身長が180センチ以上あって、金髪のロン毛で女性にモテていた。格闘技をやってたそうで、腕っぷしも強かったね。徳岡さんは『村本さん、カッコいいです!』って心酔して、いつの間にか舎弟になっていた」(当時を知る客)

同居男性

 しかし、徳岡さんが颯太くんの母親を村本さんに紹介したことで、事態は急転していく。

「母親と3人の子どもに加え、なぜか村本さんまでが、徳岡さんの家で一緒に住み始めたんです」(同前)

 以降、徳岡さんの風貌や生活は一変した。

「中肉中背だったのが次第にガリガリに痩せていき、髪型も坊主頭に。服装も普段はスーツをピシッと着ていたのに、ボロボロの革ジャンを着るようになりました」(前出・近隣住民)

 12年の秋には、こんな様子が目撃されている。

「平日の昼間から大の大人が二人で、ゴムボールを使って路上で野球をしているんです。その時の徳岡さんの反応が遊びとは思えないほど必死で、ミスをすると『すいません!』と叫んでいた。それを村本さんと子どもたちが一緒に笑って馬鹿にしていました」(同前)

 別の地域住民はこう証言する。

「徳岡さんは、村本さんの帰宅を毎日家の前で待っていた。帰ってきたら手を膝について、股を広げながら『お帰りなさい!』と中腰で頭を下げてましたね。そして二人で玄関に入ると、『バシッ! ビシッ!』という何かを叩く音が聞こえてくるんです」(同前)

 やがて季節は冬になり、徳岡さんの様子は目に見えておかしくなっていった。

「いつも顔面に青アザがあった。真冬なのに薄着で外に締め出され、そのまま朝まで座り込んで血を吐いていたりして……」(同前)

 近隣住民が見かねて、警察に通報したが、「徳岡さんは『よそで知らない人から殴られた』と説明していたそうです」(前出・友人)。

真冬にTシャツで震える子

 そして年が明けた13年1月21日。徳岡さんは“変死”を遂げるのである。

 前出の近隣住民が続ける。

「いきなり刑事が訪ねてきて、『徳岡さんが亡くなったんだが、何か知らないか』と聞かれました。これまでの経緯を説明しましたが、結局、立件はされなかった。死因は高熱による肺浮腫で、最終的には病死として処理されたようです」

 関西に住む徳岡さんの父親に話を聞いた。

「当時、息子からは『看護師と一緒に住んでいる』とだけは聞いとった。ある日突然、警察から『(息子が)内臓の病気で亡くなった』と報せが来て、埼玉まで遺体を引き取りに行ったんです。妹の面倒をよく見る、大人しくていいお兄ちゃんやったんやけど……」

 徳岡さんの死亡後、村本さんは一時期、姿を消したものの、再び同じ家で生活を始めたという。

「徳岡さんが亡くなった同じ年に、村本さんとの間に四番目の子どもが産まれています。その後、母親は毎年のように子どもを産み、いつしか看護師の仕事も辞めてしまっていました。次第に颯太くんたちは不登校気味になり、学校には給食だけ食べに行っていたようです」(前出・近隣住民)

 15年から16年にかけて子どもはさらに増え、颯太くんと長女がベランダで大量の洗濯物をせっせと干す姿が目撃されている。

「ある時、子どもたちに、『ごはんはどうしてるの?』と聞いたら『今日は昨日のインスタントラーメンの残りが冷蔵庫に入ってるからそれを食べるの』って……」(学校関係者)

 当時、一家とバーベキューをした知人はこう語る。

「真冬なのに、子どもたちには長袖のTシャツしか着せておらず、全員がブルブル震えていたんです。一番上のお姉ちゃんが焼きそばを作って下の子にあげると、まだ2、3歳くらいなのに『ありがとうございます!』って敬語を使っていたのが印象的だった。その一方で母親は、いつも村本さんの後ろに控えてニコニコしているだけで、ほとんど喋りませんでしたね」

 17年に入り、一家は「いつのまにか引っ越していた」(同前)というが、前出の学校関係者はこう語る。

「地域住民の間で母親のネグレクトが問題になっていたのです。それで親子を一旦切り離し、子どもたちは施設で保護されることになったと聞きました」

 だが翌18年、颯太くんたちは白岡市に移っていた母親と村本さんの元に再び戻った。そして4年後、悲劇が起きたのだ――。

 前出の社会部記者が捜査の状況を解説する。

「今もなお、現場の家の周りには規制線が張られ、数多くの捜査員が聞き込みを続けている。颯太くんの母親と村本さんは事情聴取に対し、虐待を否認しているが、県警は強く疑っています。周辺住民に協力を求め、事件のあった15日前後のドライブレコーダーの映像を集めている。母親は『(颯太くんは)外でケガをして帰ってきた』と供述しているため、その可能性を潰しているのです」

 捜査の包囲網は着実に狭まっている。

source : 週刊文春 2022年2月3日号

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