習近平は冷や汗をかいているだろう。ウクライナ情勢ではない。江蘇省徐州市豊県の農村で、鎖に繋がれた女性の虐待問題の真相解明を求める人々の怒りの声に対してだ。
2月22日、中国共産党は「中央一号文件」という今年最初の重要文書で「農村の女性児童の人身権利への侵害を阻止する」と訴えた。翌23日、江蘇省政府は地元県政府のトップなど17人の首を切った。
一連の動きは、虐待問題が党中央を揺るがす激震だったことを示している。
始まりは1本の動画だった。江蘇省で「8人の子供を育てた」と吹聴する男が中国版動画アプリ「抖音」で人気を集めた。男の下を訪れる観光客が続出し、「8人の子供を産んだ奥さん」の動画が流出。だがこの女性は汚れたピンク色のセーターを着て、なぜか薄暗い小屋の中で、首に鎖が繋がれていた。動画が流れたのは1月末。北京五輪開催中、中国人は自国開催の一大イベントより、「8子の母」「鎖女」と呼ばれた女性の話題に熱中した。
慌てた地元当局は、二人は正式に結婚しており、女性は精神に異常をきたしていたためだと、火消しに走った。動画も削除され、家の近所は鉄のフェンスで封鎖された。だが騒ぎは収まらず、フリーの記者らの独自調査で、当局の嘘が次々と露呈し、党中央が乗り出すことになった。
女性は、実は江蘇省から数1000キロ離れた雲南省の少数民族出身で、誘拐同然の手段で24年前に金で買われて結婚していたことが判明した。その後、女性は保護されて入院、夫など関係者も人身売買や虐待への関与で逮捕されている。
習近平は、中国は貧困から脱したとして国民全員が豊かになる「共同富裕」構想を掲げる。その裏で前近代的な人身売買、女性虐待の犯罪が放置されていることに、人々は深い衝撃を受けた。1%のリッチ層が3割の富を握る不均衡な経済発展の実情を「鎖女」問題が顕在化させた形だった。
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source : 週刊文春 2022年3月10日号