薄汚れたトタンの外壁と蜘蛛の巣が張った郵便受けが、家主の長期不在を物語っていた。この家に住むA子さん(69)の次男・山上徹也(41)が安倍晋三元首相を暗殺したのは、約1カ月前の7月8日。その日を境にA子さんの生活は暗転した。元弁護士である伯父宅に身を寄せた彼女は、自宅にある祈祷室に一度も足を踏み入れていない。
目下、彼女の心には、ある感情が沸々と芽生えている。祈祷室に置かれた1冊の「聖本」。煌びやかな金縁に彩られた経典は、1990年代に高額の献金を行ったA子さんが統一教会から授与された“勲章”だ。信者の間では、最低3000万円は寄附しないと授与されないといわれる代物で、1000頁以上にわたり教会の歴史や創始者・文鮮明の説教、聖書の引用などが記されている。A子さんを古くから知る現役信者が明かす。
「最近、彼女は『聖本を手元に置いておきたい。あれがないと気が気じゃない』と話している。彼女は徹也くんの妹に、『家に取りに行ってきてほしい』と懇願しています」
91年、夫の死などを契機に入信したA子さんは1億円以上を献金した末、2002年に自己破産。当時、山上は22歳だった。教会への憎悪を募らせた山上はそれから20年後、鬱々とした感情を暴発させる。だが、手製銃の銃口を向けた先は、母でも教会トップでもなかった。
「韓鶴子を殺害しようとしたが、接触が難しかった。安倍氏は繋がりが深いと思い、標的にした」
逮捕後、山上はそう供述している。この歪な復讐劇が、皮肉にもA子さんの信仰心をより深めているのだ。
事件から約1カ月を経て、山上を取り巻く環境は刻々と変化を遂げている。8月6日、山上家と最も親しかった教会幹部・小野大輔氏(仮名)は奈良県警の刑事と向かい合っていた。2日間で合計約8時間に及んだ事情聴取の末に作成された分厚い供述調書には、教会に翻弄され続けた山上の心の機微が克明に記された。
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source : 週刊文春 2022年8月18日・25日号