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山内 宏泰
2017/01/25

直木賞作家・西加奈子が段ボールに描く、瑞々しい小説世界

 天はときに、人に二物も三物も与えることがある。東京・秋葉原駅にほど近いAI KOWADA GALLERYを訪ねて、そう実感した。そこに並んでいるのは、西加奈子の作品。名前に聞き覚え、ある人が多いのでは? そう、直木賞受賞作『サラバ!』などで知られるあの小説家が、絵画による個展を開催しているのだ。

作家・西加奈子

 長らく小説を書き継いできた西さんは、じつは併行して「描くこと」も続けてきた。これまでも自著の装丁を自身の絵で飾ったり、絵本を刊行したこともあり、彼女の絵も楽しみにするファンは多かった。

 とはいえ、これまでの「描くこと」は、あくまでも本を彩るうえでのひとつの手段だった。が、今回は違う。満を持して、絵画作品のみ独立して発表することとなったのである。

西加奈子作「i」 ©山本光恵

絵画が、小説のクライマックスと響き合う

 出品作「i」は、西さんの同名新作小説の装丁にも用いられたもの。こじんまりとしたギャラリースペースの四方を、大きな絵画作品が埋めている。囲まれてその場に身を置いていると、いきなり激しい潮流に呑み込まれてしまうような感覚に襲われる。渦巻き状の描線、大胆に塗り分けられた強烈な色の数々、そのなかに潜む巨大な眼がこちらに迫る。

 画面いっぱいに広がる大きなうねりのモチーフは、小説の終盤に訪れるクライマックスと響き合っている。単に小説のシーンをイラスト化したというわけじゃない。おそらくは、西さんのなかに表現したいものの「核」があって、それを文章で突き詰めた末に出来上がったのが小説『i』で、ビジュアル表現によって同じことを探究したのが絵画作品の「i」となっている。

表現の「核」は同じ

 では、西加奈子さんがふたつの「i」で追いかけたものとは? 米国人と日本人の夫婦に引き取られて育ち、アイデンティティと自由を獲得していく小説の主人公アイのあゆみを読みたどれば、はっきり見えてくる。ひと言にまとめるとそれは、

「こんな時代でも、愛は存在し得るか」

 ということ。

 そんなテーマを掘り下げんと、彼女は長い小説を書いていった。ただし、問いが壮大なだけに、文章を紡ぎフィクションをつくるということをしていると、ごく自然に他の表現手法にも思いが膨らむ。ラストシーンを書いているとき、今回展示しているインスタレーションのかたちが頭に浮かんできた。そうして、

「小説では得られない快感を絵では得られるし、絵では得られない快感を小説から得ることもできる。どっちも私には大切だし必要なもの」

 と本人が言う通り、それぞれがまったく異なる姿をとりながらも、どちらも同じ地点を目指して同一人物がつくり上げたのだろうとはっきり感じ取れる表現がふたつ、ここに生まれた。

右下の「破れ」でキャンバスが段ボールと分かる(西加奈子作・「i」一部拡大) ©山本光恵

 絵画の「i」は、段ボールをキャンバス代わりにして、クレヨンで力を込めて描かれている。それくらい粗い素材でないと、彼女の強い表現欲を受け止めることはできなかったのかもしれない。思えば西さんの小説も、いつだって熱量がたっぷりで、書いているときの筆圧が高そうなものばかり。

 目指すべき「核」が確固としてあって、それにかたちを与えんとするエネルギーさえ持ち続ければ、どんなルートを通っても何ものかが得られる。西加奈子さんが身を持ってそう証明してくれている。会場でぜひ確認してみて。