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薔薇マークキャンペーンって何? 反緊縮の〈レフト3.0〉は日本に定着するか

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©末永裕樹/文藝春秋

大きく毀損(きそん)された日本の生産の現場

――なるほど、円安株高の政策が庶民の支持を集めてきた側面も強いのでしょうか。

松尾 株高自体は生活レベルに直接影響を与えていなくて、むしろ円安による景気向上の実感が支持に繋がってきたのだと思います。円高時代に辛い思いをした人たちが世の中にたくさんいて、例えば2011年当時、私が名古屋で地元の中小企業の経営者たちを相手に講演すると、みなさん本当に深刻な状況でした。自分たちの技術にプライドを持っていて、地域経済と雇用を担ってきた社会的責任を深く自覚されている方々が、「タイに出ていくべきでしょうか」と相談をされるわけです。日本の技術を支えてきた優良企業が次々と海外に出ていかざるを得なかった時代で、失業者もたくさん出て、日本の生産の現場は大きく毀損された。そういう苦い思い出が全国津々浦々にある中で、2012年以降、自民党に政権が戻ってから円安が進行して安堵した人が非常に多いと思います。安倍政権下で、失業していた人が就業できたとか、今までフリーターだったのがさほど雇用条件はよくなくてもとりあえず正社員になれたとか、そういう恩恵を感じている人も多い。

 そういう素朴な民衆の実感、願いに応える有効な経済政策を日本のレフト2.0は打ち出してこられなかったんです。「財政健全化が急務」「国際競争力をつけよう」と、結局は新自由主義と変わらないことを言ってきた。あるいは脱成長論を唱え、経済という下部構造を軽視してきた面は否めません。経済政策重視で「反緊縮」へ舵を切った欧州左派のように、日本でも政治的にはリベラル、しかし「お金はどんどん出します。もっと人々の生活に役立つところに潤沢に出します」という選択肢があっていい。

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反緊縮政策で成功したポルトガル、スウェーデン、カナダ

――レフト3.0的な反緊縮政策を採用した国で、すでに経済の立て直しが成功した事例はあるのでしょうか。

松尾 ポルトガルでは、2015年に社会党のアントニオ・コスタ政権が大胆な反緊縮路線を打ち出してから、劇的な経済回復を果たし、財政赤字をどんどん減らしています。2014年から金融緩和に踏み切って財政支出のペースを上げたスウェーデンでは、20万人の雇用が創出されて失業率が減り、GDP成長率も高まっています。2015年に中道左派の自由党が政権をとったカナダでは、大幅に歳出を増やし、金融緩和も行いましたが、44万人の雇用の創出に成功し、実質成長率も高まり、経済的パフォーマンスが非常にいい。大胆に財政拡大しているのにかえって財政赤字が減っているのです。

©末永裕樹/文藝春秋

――そのからくりを詳しく教えてください。

松尾 端的にいって、景気が良くなると税収がよくなりますし、輸出が増えます。ポルトガルはユーロなので関係ないですが、スウェーデンは独自通貨なので通貨安の政策はとっていますが。景気と財政赤字のメカニズムについて、もう少し丁寧にご説明しましょう。海外部門はおいておき、シンプルに民間と政府の関係を考えると、民間内部で借りるのが超過すると政府が貸すしかありません。逆に、政府が借りるのが超過すると、民間が貸すしかない、表裏の関係です。

 つまり景気が悪いときに民間では設備投資なんてせずに溜め込みますから、誰もお金を借りる人がいません。すると民間で貯蓄超過になって政府が借りるしかない。借りるのが超過した政府は財政赤字になります。一方、景気がよくなって設備投資が増えれば民間内部で借り入れが超過するので、今度は政府は貸すほうが超過し、財政は黒字になる。これはマクロ経済学における絶対的な公式です。海外部門を考慮に入れるともう少し複雑な話になるのですが、基本的な構造としてはこうです。