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聴衆に歩み寄る小泉進次郎スピーチの真骨頂は「土と緑」にあった

理想の政治家像を地方の住民と対話から作り上げていくという「物語」――ルポ参院選2019 #3

2019/07/09
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「地元産わらび100%使用」を謳ったわらび餅

 小泉の演説が始まる1時間前に西和賀に着いた私は、会場周辺を散策していると、狭い街道沿いにある一軒の店を見つけた。入口に立っていた70代のおばあちゃんの優しい笑顔に誘われた。

「お菓子処たかはし」

 西和賀の主要産業は農業で、主に山菜を畑で作っている。家族経営の小さな菓子店では「地元産わらび100%使用」を謳ったわらび餅を売りにしている。小泉は前の晩に泊まった町で一番の高級旅館でそれを口にしたようだ。彼は演説中、地元のソウルフードとして知られる「ビスケットの天ぷら」と一緒にこう取り上げた。

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「昨日、旅館に置いてあった名物の『西わらび餅』を食べました。とってもやさしい味がしました」

 高度経済成長期の頃、山あいの温泉街は賑わい、街道沿いには20軒近くの旅館が並んでいた。置屋には芸者が100人もおり、美容院だけで10軒以上もあった。観光客からは「山奥のちゃっこい(「小さな」の意味)熱海」と呼ばれていたという。

「でも、今残っている旅館は4軒しかないよ」

 そう話す55歳の店主によると、先代の父が創業したのも、高度成長まっただ中の昭和37年。隣の横手から引っ越してきて、羽振りの良い旅館を相手に「しそ最中」を出した。

一時はバンドマンを夢見たこともあるという店主は……

 かつて鉱業で栄えた集落では、鉱山が閉山したのと同じ頃、近くにある巨大ダムの建設工事も落ち着き、働き口が一気に減った。1万人以上もいた人口は瞬く間に半分に。残った村人たちは観光業で糊口を凌いだが、1980年代後半、集落は時の政治に翻弄される。竹下政権の「ふるさと創生事業」で周辺自治体がこぞって温泉開発をしたのを機に、秋田からの客が激減したのだ。

 菓子店では先代が病に倒れ、息子に代替わりした。それが現在の二代目だ。一度は村を出て、菓子職人になる修業をした。一時はプロのバンドマンを夢見たこともあるという店主は、一念発起して商品の一新に乗り出した。旅館頼みの営業も改め、個人客を取り込む戦略に切り替えた。そこで好評を博したのが、主力商品の西わらび餅だ。最近では、全国放送の人気バラエティー番組でも取り上げられ、お客が増えたのだという。

 

 店主は目の前にあるスーパーの駐車場で小泉が熱弁を振るっている間も、わらび餅を作る手を休めなかった。忙しい家族を代表して演説を覗きに行ったのは妻の若女将だ。

「政治の役割って2つある。1つは変化に対応すること。もう1つは、決して変わらないことを見極めて、その変わらないことを守ること」

 土と緑の進次郎節は、かつての熱を帯びてきた。若女将は小泉の言葉を聞いて、軽くうなずいていた。

写真=常井健一

その他の写真はこちらよりぜひご覧ください。

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