昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

「MMAファイター」の理想像としてのスーパータイガーを描きたかった

『1984年のUWF』カバーイラスト誕生秘話 前編

 たびたびムーブメントを起こしてきたプロレス。栄枯盛衰を繰り返すこのスポーツを見続けてきたスポーツライターの柳澤健さんが『1984年のUWF』を上梓、カバーイラストを担当した人気イラストレーターの寺田克也さんと熱く語る!

◆◆◆

『1984年のUWF』(柳澤 健 著)

表紙は、スーパー・タイガーでいきましょう

(柳澤健 以下Y) 素敵なカバーイラストを描いていただきまして、本当にありがとうございました。おかげさまでいま2万部くらい売れていまして。

(寺田克也 T) いや、「めざせ300万部!」でしょう。

 それは「少年ジャンプ」じゃないから、無理(笑)。でも寺田さんには、すぐイラストを引き受けていただきまして。結構あのとき忙しかったんですよね?

 締め切りとの戦いがありましたね。

 実は、戦っている選手が多く集まっているイラストをカバーに使う予定だったんですよね。それなのに私が「これじゃ、あんまりよくないです」と。天下の寺田克也に「ダメ出し」をするという事態になって(苦笑)。結局、そのモブのようなイラストは扉に使用しましたが。

 それは全然いいんです。それで柳澤さんから「表紙は、スーパー・タイガーでいきましょう」と。

 そうそうそう。

カバーを飾る予定だったイラスト。©寺田克也

 このタイガーのイラストは、自分の中では、もともと選手のモブのイラストの下に小さく置く予定で描いたので、サイズ的には小さい感じでね。1ページものに使う想定で書いてないので「密度」がないんです。これで「表紙でいきましょう」って言われたときに、さすがにちょっと「うっ」と思ったんですけど。描き直す時間もなく。本当はサイズ的には表紙にするためには、いじりたかった。印刷時に想定していたのは、6~7センチくらいの大きさなので。

 一部だけ拡大されちゃったみたいな感覚なんでしょうね、きっと。

 どうでもいいひとには、どうでもいいんですけど。やっぱり描いた本人にとっては、直したい! と。(笑)

 申し訳ないです。

 いいんです。いいんです。

オープンフィンガーグローブとレガース

 最初、もともとカバーに使う予定だった、モブの絵が来た時に「ちょっとこれ、分かりにくいなあ」と思って。で、どうしようかと、寺田さんとやりとりする中で「たとえば、スーパータイガーがオープンフィンガーグローブとレガースを付けているってどうですかね」というやりとりから、寺田さんが「それ、いいですね」と反応してくださった。

 やっぱり佐山さんあってのUWFというのはありますからね。

華麗でスピード感に溢れたタイガーマスク。©原 悦生

 オープンフィンガーグローブとレガースについて説明しますね。もともと第1次のユニバーサルの時に、佐山聡と山﨑一夫がレガースとシューティングシューズを履いていたんです。で、それから髙田伸彦が履くようになって、まもなく前田日明が履くようになって、という流れがあったんですね。実はこの本のカバーイラスト、佐山のスーパータイガーは実際にこういう写真や映像があるわけではない。というのはユニバーサルにしても新生UWFにしても、オープンフィンガーグローブは付けていないから。素手だから。このイラストは、佐山聡という人の脳内にあった「MMA(総合格闘技)ファイター」としての理想像なんですね。

 そんな感じでやりとりをしましたね。

 ネットでは「表紙のスーパータイガーについて、マスクはプロレスの象徴。オープンフィンガーグローブとレガースは格闘技の象徴。プロレスと格闘技、現実と理想の間で揺れ動く佐山の心を表している」という意見もあるらしいんですけど、それは考えすぎ。でもそう取ってもらっても構わない。

 受け取り手の自由なので、どうとってもらっても構わないです。

 まずは、オープンフィンガーグローブを付けたスーパータイガーというのがまずあったんですよ。オープンフィンガーグローブを作ったのも佐山だし、レガース、シューティングシューズを作ったのも佐山なので。しかもマスクもオリジナルだし。日本のマスクマンのオリジンみたいな人でしょ、佐山って? 時間とか、いろんな制約があったけど、出来上がってみると、これ素敵な表紙でしょう?

 いやもう最高の、シビれる装幀の表紙ですよね。