タイガーマスクに敬意を表して、と語る『1984年のUWF』著者の柳澤健さんとカバーイラストを手がけた寺田克也さん。プロレスから格闘技へと潮流が変わる中、それぞれの関心もまた進化する。白熱の格闘技談義の後編。
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格闘技もプロレスも「人体のアーツ(芸術作品)」だと思っています
T で、UWFというのがはじまって。そのころまだオレは岡山にいたんですけど、週プロを読みながら、試合は見てないのに「うおーっ」と燃えるという。
Y 「活字プロレス」ですね。
T はい。その後、東京に出てきてからは、プロレスはほとんど見てないんですよ。シューティングが始まったころで、駒沢で修斗の大会があって。エキシビジョンなのに、佐山が小林邦昭をノックアウトする(笑)、そういうシーンをナマで見るわけですよ。そういうのから、だんだん自分の中で格闘技が盛り上がっていくんですね。アメリカにUFCができたりとか、そういうものが回り始めるとば口にて、ただそこにあるものを見ていただけ、という感じですね。
Y その鋭さは、もう嗅覚なんでしょうね。
T そうしているうちに、PRIDEが始まってという感じなんですね。で、その前から夢枕獏さんとは知り合っているから、いろんな話を聞いて。「うわあ!」みたいな話もね。
Y いいなあ、獏さんから。
T だからリングスの頃が、俺の「ホントか嘘かわからない時期」なんですよね。「これは普通に痛そうだし、効いているんだろう」みたいな。でも、獏さんに「僕、リングス見ていますよ」と言ったら「最近は、ガチンコなの?」と自然に訊くんですよね。
Y なるほど。いい話だなあ。
T こっちは「ええっ?」と思って。それまで曖昧だったものが、そこで「そうか」と分かって。で、そうこうしているうちにパンクラスが始まって。旗揚げにいくんですけど、もう「秒殺」で決まるじゃないですか? 「なんだこれは? 体持たないよなあ」となって。いろんなものが実験的に出てきて、現在の総合格闘技につながっていく。時代がだんだんとこう「道しるべ」を置いてってくれる感じだったですね。ただ、オレ自身はそういうオタクでもマニアでもないので、選手の名前とか特に詳しいわけでもない。それはいまでもそうなんですけどね。
Y この本に書かれた80年代は、寺田さんのプロレス、格闘技の原体験のころなんですね?
T そうですね。当時も大事なのは試合だったんで、何が行われているか、みたいなものが好きだったですよね。また、オレは絵を描く人間なので「人体」が好きで。格闘技もプロレスも、人体のアーツ(芸術作品)だと思っているわけです。そういう意味ではどちらも同じ地平で見ていてね。体がどう動くのかとか。「みんなと同じ体をしているのに、鍛えることによってこんな動きができる」とか「こういう勝ち方ができる」とか。体と体が対峙したときに生まれる「何か」が好きなんです。
T 当時まあ「プロレスは真剣勝負だ」と言われて見ていたわけですからね。疑いながら見るとかじゃなかったから。それはもう、純な時代を過ごしたといえるでしょう。