文春オンライン

連載クローズアップ

広瀬奈々子「本への入り口になるような映画にしたかった」

広瀬奈々子(映画監督)――クローズアップ

2019/12/10
note
広瀬奈々子監督

 くしゃくしゃと紙を丸めては、何度もひらかれる。12月14日公開の映画『つつんで、ひらいて』はそんな不思議な光景で幕を開ける。是枝裕和らの監督助手を務めた後、劇映画『夜明け』でデビューした広瀬奈々子監督の長編2作目は、これまで1万5000冊以上もの本の装幀を手がけてきた装幀者・菊地信義のドキュメンタリー。カメラは菊地氏の仕事場から印刷・製本所にまで入り込み、1冊の本ができあがるまでの過程を捉える。そもそもなぜ「装幀」というテーマを選んだのか。

「父が装幀の仕事をしていたので仕事内容はある程度知っているつもりでした。でも菊地さんの著書『装幀談義』を読み、装幀とはブックカバーをデザインするだけではないこと、また予算や流通における厳しい条件を課される世界だと初めて知りました。その中で、菊地さんは自分の表現の追求ではなくあくまで中身にあわせた本の形を作ることを実直に続けてこられた方なんだなと。その姿勢はどこか映画監督という職業にも通じる気がして、この人に会ってみたいと強く思いました。

 取材期間は3年ですが、ずっと密着していたわけではなく、どういう場面を撮るか、その都度菊地さんと相談しながら進めました。節度のある距離感を保てたことで1対1の関係をゆっくり築けた気がします。ある意味で菊地さんとの共作とも言えますね」

ADVERTISEMENT

 本作りの舞台裏が描かれた本作。専門用語や見慣れない光景も頻出するが、決して敷居の高さは感じない。

「本への入り口になるような映画にしたかったんです。本が好きで装幀のことをよく知る人だけではなく、普段あまり本を読まない人に向けても作りたかった。情報が溢れすぎている今の時代、たった一文の意味すらも、じっくり考え味わうことは難しい。未知の何かと出会うためにも、時間をかけて1冊の本とつきあうことが大切だと思うんです」

 映画には、編集者や作家が多数登場するが、弟子であり装幀家として活躍する水戸部功氏の取材場面には、後進としての葛藤も垣間みえる。

「菊地さんが神奈川文化賞を受賞された際、授賞式の後でお2人がビールを飲みながらしていた話がすごくおもしろかったんです。装幀という仕事に対する悩みを切々と話す水戸部さんに、菊地さんは飄々と答えていて。師匠への尊敬の念を感じると共に、2人の考え方の違いがはっきりと現れていることに興奮し、この関係性を絶対撮らなければと思いました。私自身、是枝監督という偉大な師匠を持つプレッシャーは感じているし、デジタルで育った世代として、フィルムで撮るのが当然だった上の世代に対する憧憬もある。そういう時代感覚も含め、菊地さんよりも若い世代を撮る必要を感じていました」

 フィクションとドキュメンタリーを1本ずつ作った広瀬監督。今後の活動の予定は。

「どのジャンルでも、必要なのは他者を見つめる洞察力。今後は劇映画を中心に活動するつもりですが、監督としての姿勢は変わらないですね」

ひろせななこ/1987年生まれ、神奈川県出身。2011年より制作者集団「分福」に所属し、是枝裕和、西川美和らの現場に参加。19年、柳楽優弥主演の『夜明け』で映画監督デビューを果たし話題を呼んだ。

INFORMATION

映画『つつんで、ひらいて』
https://www.magichour.co.jp/tsutsunde/

広瀬奈々子「本への入り口になるような映画にしたかった」

X(旧Twitter)をフォローして最新記事をいち早く読もう

週刊文春をフォロー