「本号の責了間際、朗報が舞い込みました。4月に刊行された佐藤正午さんの『月の満ち欠け』が、第157回直木賞の候補作にノミネートされました。小社刊行の小説が候補に挙がるのは、第107回でノミネートされた清水義範さんの『柏木誠治の生活』以来、25年ぶりのこと。注目の選考委員会が開催されるのは、7月19日です」
穏やかな筆致ながら、興奮冷めやらぬ様子が伝わってくるこの一節は、岩波書店のPR誌「図書」2017年7月号巻末の「こぼれ話」に掲載された。
筆者は「図書」編集長の坂本政謙さん。18年前に佐世保シティホテル(当時)の喫茶室で、佐藤正午さんに書き下ろしの小説を依頼した担当編集者、その人でもある。岩波書店として、初めて直木賞受賞作品を生み出した立役者である坂本さんに、話を聞いた。
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―― あらためて『月の満ち欠け』の直木賞受賞、おめでとうございます。岩波書店はじまって以来の快挙といいますか、偶然「図書」の「こぼれ話」を拝読していて、熱量がすごいな、と。
ありがとうございます。編集者としてこういう機会にめぐりあうことができるのは奇跡だと思いますし、とてもうれしかったものですから(笑)。
―― 責了間際に、直木賞候補作ノミネートの話題を入れられたんですか?
校了の前ぐらいに報せが入ってきて。前半のほうの話題を削っておしまいのところに挟んだんですね。「図書」はPR誌ですし一応PRしないと、と思って。これを逃したらあとはもう書くときはないかもしれない(笑)。そう思って、入れたんですけど。
―― 受賞発表から記者会見を行っている最中、社内にお祭りムードはありましたか?
僕は佐世保にお住まいの佐藤正午さんと、地元で受賞の報せを一緒に待っていたのですが、発表から1時間もしないあいだに、岩波書店のツイッターで「製作部有志による横断幕が、超早業で完成しました」とつぶやいていましたね(笑)。「祝 直木賞受賞!!『月の満ち欠け』佐藤正午」という横断幕。現在(8月4日)、累計で5刷、12万部です。
「実は新卒で石油会社に勤めていたんです」
―― 岩波書店で直木賞候補作は2作目です。50回前の1992年に『柏木誠治の生活』がノミネートされた頃、坂本さんは岩波書店でどんなお仕事をされていたんでしょうか。
あの頃、僕は販売で書店回りをやっていました。実は、その前に新卒で石油会社に勤めていたんです。本はずっと好きでしたから、やっぱり出版社に入りたくて。岩波書店だけが、新卒とか既卒とか関係なく、年齢の基準だけで入社試験が受けられたんです。その当時、出版社の中途採用は経験者しか採用しない、みたいなのがほとんどだった。僕は経験がなかったけど、それでも応募をしたりして。何社も受けましたが、採ってやるよと言ってくれたのは岩波書店だけだった。