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連載昭和の35大事件

【特高警察が証言】共産党員大検挙「三・一五事件」の知られざる内幕

2019/12/15

source : 文藝春秋 増刊号

genre : ニュース, 社会, 歴史, 政治, メディア

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日本初の普通選挙を受けて

 然るにたまたま我が国に於ての最初の普通選挙が昭和3年2月25日を期して行われるに当って、労働農民党から立候補した数名の共産党員の演説会場に於て日本共産党と明示された数多のビラが公然と撤かれたりして、彼等の活動は俄然積極性を帯びて来た。福岡県第一区から立候補した徳田球一は永く地下にもぐって姿を見せなかったが、終盤戦に入って突如選挙区に現われた。このことを無産者新聞に依って知った私は直に福岡県庁に打電して、彼に終始尾行をする様依頼し、選挙戦を終えて帰京した所を品川署で検束し、高輪警察署に留置したのである。

徳田一球氏 ©共同通信社

 かくして3月初旬東京ステーションホテルの一室に警保局長山岡万之助氏を中心に、検事局からは松坂次席検事、平田思想主任検事、警保局からは友部保安課長、三橋、宮野両事務官、警視庁からは私と浦川警部とが集まって協議の結果、3月15日を期し全国一斉に日本共産党の大検挙を断行すべきことを決定した。

報道機関に「掲載禁止命令」を出した三・一五事件当日 

 昭和3年3月15日午前5時、前日極秘裡に秘密指令を受けた卅余班の特高外事の両課員は、夫々指定の場所に集合して、班長から始めて日本共産党員何某逮捕の任務を言渡され指名者の家宅に踏み込んだ。管下の警察署は管内の労働農民党本部、日本労働組合評議会本部、並にその支部、無産者新聞社、東京市従業員組合本部、無産青年同盟本部、産業労働調査所、マルクス書房、希望閣等左翼急進分子の出入すると認められる50余ヵ所の一斉検索を行った。又一方、各新聞社を始め、あらゆる報道機関に対しては午前5時を期して日本共産党の検挙に関する一切の記事の掲載禁止命令を伝達した。

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 前夜殆どまんじりとすることの出来なかった私は、午前5時捜査本部の自分の室に出かけた。浦川労働係長、石井石蔵特高係長と共に胸をおどらせ乍ら首尾を待った。やがて班長から次ぎ次ぎと検挙に成功したとの報告が齎らされ予期以上の成果を挙げることが出来た。只、菊田善五郎の逮捕に向った鈴木内鮮係長の一班が菊田を一旦捕え乍ら請わるままに用便に行くことを許したため、その場から逃亡されてしまったという失敗が一件あったのみである。然し此の失敗はやがて中央執行委員の中尾勝男逮捕の端緒となった。

 各警察署でも多数の検束者と幾多の重要書類や参考物件を押収することに成功した。かくて当日の検束者は凡そ300名に達し、治安維持法違反として強制処分に付し直に市ヵ谷刑務所に収容された者は約30名に及んだ。

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