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長谷川 晶一
2017/04/04

【ヤクルト】劇的サヨナラ満塁弾の鵜久森に伝えたい。「もう“恩返し”は十分ですよ」

文春野球コラム ペナントレース2017

劇的すぎる鵜久森の代打サヨナラ満塁弾

 いよいよ、2017年ペナントレースが開幕。横浜DeNAベイスターズとの3連戦、ヤクルトは2勝1敗という上々の成績で開幕シリーズを終えた。初戦はエース・石川雅規のセ・リーグ最年長開幕勝利で華々しく幕を開け、第2戦はギルメットの乱調が誤算だったものの、第3戦は延長10回、代打・鵜久森淳志の代打満塁サヨナラホームランという、劇的すぎる試合展開にファンは酔いしれた。

 僕は3戦とも神宮に駆けつけたのだが、第3戦・鵜久森のサヨナラホームランの瞬間、ライトスタンドの盛り上がりは本当にすごかった。打った瞬間に「ホームランだ!」とわかる豪快な一打だったにもかかわらず、きれいな放物線を描いて白球が大空を舞っている間、ライトスタンドには一瞬の静寂が訪れていたのだ。

 誰もが「サヨナラホームランだ!」とわかっていたにもかかわらず、いや、わかっていたからこそ、ある者は息を呑み、ある者は我を忘れ、ある者は胸が詰まり、言葉を発することができなかったのだ。そして、レフトスタンド中段にボールが消えるとともに、ライトスタンドは爆発的な歓喜の渦に呑みこまれることとなった。

 僕自身、「代打サヨナラ満塁ホームラン」を生で見るのは1992年の日本シリーズ、ヤクルト対西武の初戦、杉浦享が放ったライトポール際に消える豪快な一打を目撃して以来のこと。あれからちょうど四半世紀を経て、この感動を再び味わえることを心から感謝したい。

ヒーローインタビュー中の鵜久森淳志 ©長谷川晶一

報恩謝徳――「恩返し」がモットー

 この日のヒーローインタビューはもちろん鵜久森。表情は笑顔ながら、彼は冷静に受け答えをしている。その中で、彼はこんなことを言った。

「僕自身、拾ってもらったというのがありますので、しっかり恩返しできるように頑張ります」

 これを聞いていて、僕は「また《恩返し》だ」と思っていた。15年に日本ハムから戦力外通告され、同年の合同トライアウトで鵜久森はヤクルトに入団してきた。以来、彼はことあるごとに「拾ってもらった」「恩返しをしたい」と口にしている。

 あるインタビュー記事を読んで、彼の携帯電話の待ち受け画面には「報恩謝徳」の文字が記されているということを知った。この言葉は、自ら「恩返し」と検索して見つけた言葉だという。そして、17年の抱負を語る絵馬には「今年も恩を返す」と書かれていたということもツイッターで知った。

 だからこそ、僕はこう思うのだ。

(鵜久森さん、もう「恩返し」は十分ですよ……)

 移籍1年目の昨年3月30日、スタメン起用されるとすぐに移籍第1号を放って、シーズン初勝利をプレゼントしてくれた時点で、僕はすでに「鵜久森が加入してよかった」と思っていた。この時点で、すでに「恩返し」は完済しているのに、いまだに「恩返し」を口にし続ける彼はなんと律義なのだろう。いつか「恩返しの過払い金」を請求されるのではないかと僕はビクビクしている。律義でマジメで真っ直ぐな男、鵜久森はそんな男なのだ。

「恩返し」をモットーとする鵜久森淳志 ©文藝春秋

「入ったチームが自分の場所」

 済美高校時代には春のセンバツで優勝、夏は準優勝という輝かしい実績を引っ提げて、鵜久森が日本ハム入りしたのは05年のことだった。このとき、僕はルーキー時代の鵜久森にインタビューをしている。その内容はドラフト1巡目で入団したダルビッシュ有と、同8巡目の鵜久森、両者にインタビューをして、それぞれの「プロへの意気込み」を比較するといったものだった。

 このときのインタビュー起こしを引っ張り出して目を通してみる。そこには、当時18歳の鵜久森の初々しい言葉が並んでいた。思うように結果が出ない焦り、将来に対する不安、そして、それ以上の期待。これらの言葉の中に、こんなフレーズがあった。

「自分は運、持っているなと思います。でも、運は練習で溜めるものだなって……。練習で運を溜めて、試合でそれを発揮する。そういう考えです」

 ヤクルトの関係者に話を聞くと、30歳を迎えてもなお鵜久森の練習量は群を抜いているという。誰もがその姿を知っているからこそ、サヨナラアーチの瞬間、ベンチ内の誰もが喜びを爆発させ、自分のことのように喜んだのだろう。練習で溜めた運が爆発したのが、あのサヨナラホームランだったのだ。さらに、当時のインタビューではこんなことも言っている。

「プロはドラフト何位だろうが入ったら関係ない勝負なんで……。自分は特に好きな球団もなかったんで、入ったチームを自分の場所にしようと思っています」

 鵜久森は「入ったチームを自分の場所に」と言った。残念ながら、日本ハムでは思うような成績を残すことはできなかったけれど、移籍先のヤクルトでは見事に運を溜めて、成績を残して「自分の場所」を自らの手でつかみ取った。もはや、ヤクルトは彼の居場所だ。ヤクルトファンならば、誰もがそう思っている。「恩返し」はもう十分してくれた。これからは、恩義や責任を必要以上に背負うことなく、のびのびとプレーしてほしい。今のヤクルトにとって、彼は「右の代打の切り札」であり、「対左投手対策のスタメン要員」でもあるのだ。

 僕は改めて思う。選手は「拾ってくれてありがとう」とファンに感謝し、ファンは「入ってくれてありがとう」と選手に感謝する。かつての「野村再生工場」時代から連綿と続く、いかにもヤクルトらしい両者の関係に、僕はますますこのチームが好きになる。この後には今季、ロッテから加入した大松尚逸も、楽天から加入した榎本葵も控えている。お楽しみは、まだまだ続くのだ。

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※「文春野球コラム ペナントレース2017」実施中。この企画は、12人の執筆者がひいきの球団を担当し、野球コラムで戦うペナントレースです。

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