阪神・能見篤史はよく負ける投手だ。2014年に9勝13敗という成績を残して以降、翌年は11勝13敗、その翌年(つまり昨年)は8勝12敗と、3年連続でセ・リーグ最多となる二桁敗戦を記録。その間、防御率はずっと3点台を維持しているため、打線の援護に恵まれていない、すなわち不運な面もあるのだが、それにしても近年は黒星が多い。今季もここまで2試合に先発して0勝1敗。先日の巨人戦では6回まで被安打1で無失点と好投し、チームも勝利したものの、試合展開の関係で白星がつかなかった。やはり不運だ。
しかし、虎党の私にとって、それでも能見の存在感は極めて大きい。なにしろ2009年に先発ローテーションに定着して以降の8年間で、規定投球回数をクリアしたのは計7回である。唯一クリアできなかった2010年も、シーズン序盤に右足骨折による長期離脱があったためで、同年9月に復帰してからは閉幕まで無傷の5連勝を記録するなど、終わってみればわずか12試合の登板で8勝0敗、防御率2.60。皮肉な話だが、この規定投球回数を唯一クリアできなかった年の能見こそが、ある意味もっともすごかったのだ。
30代のほとんどを先発ローテで過ごしてきた「働く投手」
能見は社会人を経てプロ入りしているため、2005年のルーキー時点ですでに25歳だった。さらに、先発ローテに定着したのもプロ5年目(先述の2009年)という遅咲きで、そのときすでに30歳。端正で涼しげな顔立ちと長身痩躯のスタイルから、年齢をあまり感じさせないところがある能見だが、今年5月で早くも38歳になる。かつては阪神のエースと称された左腕も、今はアラフォーのベテラン投手だ。
そんなことも含めてよく考えてみると、この能見のような先発投手は他球団にもなかなかいないのではないか。キャリアハイは2009年の13勝9敗、防御率2.62で、獲得タイトルは2012年の奪三振王のみ、つまり圧倒的な大エースと評せるような成績を残した年はないのだが、過去8年もの長きにわたって、しかも30歳からの8年間という投手としては決して若くない期間に、そのほとんどを先発ローテの中核として過ごしてきた。
この8年のうち、二桁勝利と防御率2点台がそれぞれ5回ずつで、残り3年もすべて8勝以上および防御率3点台。確かに負け数は多いのだが、先発として投げることが能見の仕事であるなら、彼はずっとフル回転で仕事に取り組んできた。彼の30代は、とにかく汗水流して働き続けてきた。昨今の球界では先発投手が生み出す貯金の数を重視する風潮から、いわゆる「勝てる投手」だとか「負けない投手」だとか、そういう表現で投手を称賛することが多いが、この能見は12球団屈指の「働く投手」だ。
働く投手の汗水は、浴びる脚光以上にまぶしい
今年2月、阪神の春季キャンプ地を訪れたとき、私はブルペンで黙々と投げ込む能見の姿に目を奪われた。かつてのように虎のエースとして表ローテの先発一番手を期待される役回りではなくなったためか(全盛期の能見はいつも巨人戦の先発一番手だった)、取り巻くマスコミやファンの数も減った印象を受けたが、長い腕を天高く突き上げて振りかぶる美しいワインドアップモーションはこれまでと変わらなかった。過去8年と同じく、今年も能見が阪神投手陣の輪の中にいる。今年も能見は小高いマウンドの上で美しく振りかぶる。それだけで大きな安心感を覚えたものだ。
他球団を見渡してみると、能見と同学年で今もなお先発投手として活躍しているのはヤクルト・石川雅規だけとなった。三浦大輔や黒田博樹が引退した今、この能見と石川の二人が12球団でもっとも高齢の先発投手だ。なお、あの井川慶も同学年である。
その石川もまた、どちらかというと「働く投手」というイメージだ。能見とちがって大卒でプロ入りし、1年目から活躍して新人王を獲得した早咲きの投手だから、フル回転で働いてきた期間は能見以上に長い。昨年までの実働15年間で規定投球回数をクリアすること13回、二桁勝利11回、二桁敗戦6回。本当によく勝ち、よく負け、それ以上によく投げてきた、よく働いてきた。先述した三浦もそうだったが、私はこういう「働く投手」が好きだ。贔屓球団は阪神だけど、働き者はどのユニフォーム姿でも美しい。勝っても負けても、いや負けても負けても、働き続ける投手の汗水は、浴びる脚光以上にまぶしい。
確かに、能見篤史はよく負ける投手だ。その部分のみを指摘して、厳しい評価を下す人もいるかもしれない。だけど、野球の勝敗とは投手一人で背負うものではないという当たり前の理屈を考えたとき、たとえ記録上は黒星が多くとも、チームのためにひたすらイニングを消化する「働く投手」ほど、重要な存在はいないのではないか。よく負ける能見なのか、よく働く能見なのか? そのどちらかの言葉で彼を評するなら、私は迷わず後者を選ぶ。能見篤史はよく働く投手だ。
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