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「スマホ害悪論」を考えることは『やすらぎの郷』を考えることである

速水健朗×おぐらりゅうじ すべてのニュースは賞味期限切れである

速水健朗(右)=1973年生まれ。ライター。おぐらりゅうじ(左)=1980年生まれ。編集者。 ©杉山拓也/文藝春秋

おぐら 今月のはじめ、ユナイテッド航空が強制的に乗客を引きずり下ろしたニュースが、世界中に拡散しました。

速水 映像が生々しいよね。空港警官の暴力で顔が血まみれになって連れ出される様子は、近くにいた人がスマホで撮影してなかったらこれだけの炎上にはならなかった。

おぐら 被害者がアジア系で、ユナイテッド航空には日頃から人種偏見があったのでは? といった企業への不信感も炎上の要因になりました。

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速水 一番こわいのは、映像がなかったら泣き寝入りしないといけなかったろうなってとこ。その想像力が働くから他人事ではないって思える。

おぐら 日常的なシチュエーションで、誰にでも起こりうるというのが、共感というか、炎上を生みましたよね。

速水 一方、いろいろなTwitter上のジョークがニュース番組でも取り上げられる時代だけど、「ユナイテッドが新クラス『ファイトクラブ』席を導入」(https://twitter.com/Reflog_18/status/851452978104082434)かっていうジョークがおもしろかった。

おぐら さらに、レギンスの女性たちを搭乗させなかったとか、結婚式に向かう新婚カップルを降ろしたとか、ユナイテッド航空が自ら火に薪をくべ続けていて、一種の大喜利状態ですよ。

速水 トランプの閣僚が誰もいなくなるのと、ユナイテッド航空の乗客が全員いなくなるのと、どっちが先かみたいなゲームになってきた。

おぐら まぁでも、これだけ盛り上がったとしても、根本的な解決がされる前に、人々は醒めちゃうんですよね。

速水 それはそうだろうと思うよ。数週間もすれば、ユナイテッド航空? なんだっけ? あぁ旅行先で急にエアーやホテルがキャンセルになって大変だったやつだっけ? 過剰な安売りチケットは怖いよねえ、みたいな話になってるでしょ。

おぐら それは「てるみくらぶ」です。すっかり忘れてましたよ。自転車操業だった格安旅行代理店「てるみくらぶ」が倒産して、旅行を直前でキャンセルされた人たちが騒いでると思ったら、旅行の途中だった人たちまで現地で放置され、自力で帰らないといけなくなったという。

てるみくらぶ ©時事通信社

速水 てるみくらぶが主催する企画旅行「ユナイテッド航空で行くシカゴの旅」とか、いま売り出したらホラーだよね。いまならサービスでナッツも付くよ、みたいな。

おぐら ナッツ・リターン! 大韓航空のオーナーの娘が、機内サービスのナッツに文句を付けて飛行機をUターンさせたことが大問題になったのは、もう3年前の話です。

速水 あの頃の韓国はまだ平和だったよね。朴槿恵前大統領は、更迭されて政界どころか、ヘタすりゃ娑婆にだってノーリターンなんだから。

おぐら 大統領を陰で操る黒幕とか、旅先から自力で帰還とか、まるでドラマかリアリティショーの設定みたいですよね。

速水 リアリティショーといえば、イギリスの放送局が、スコットランドのハイランドの荒野でサバイバル生活をさせる番組を不人気で中途打ち切りにした問題が話題になってた。

おぐら 打ち切りを知らされず、懸命に無人の奥地でサバイバル生活をしていたのに、まさかの放送されないという悲劇。それも1年間ですよ。
https://www.theguardian.com/tv-and-radio/2017/mar/23/eden-reality-show-contestants-year-wilderness-no-one-watching

速水 でもさ、リアリティ番組が飽きられているのも仕方ないよね。トランプが大統領に就任する時代のスピードには勝てない。あと、クアラルンプールで金正男を殺した実行犯の女性たちも、リアリティ番組のいたずらを手伝って欲しいと言われて実行したということになっているしね。

おぐら ドッキリ番組に出演したつもりが、本物の殺人者になるって、フィクションの設定だったら、むしろ嘘くさい。僕らはいま、そういう現実に生きているんですよね。