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中川 充四郎
2017/05/03

【野球メシ】西武・選手たちも口にした懐かしの球場グルメ

文春野球コラム ペナントレース2017

東尾修が練習後にすすっていた肉うどん

 炭谷銀仁朗が入団2年目のキャンプのある休日。文化放送のスタッフとともに宮崎・南郷駅前にあるカレー鍋で有名な「とり金」で食事をしました。宴も半ばのころ、別の部屋で食事をしていたコーチが我々の席に顔を出しました。声を掛けられた炭谷はコーチ陣のテーブルに。十数分後に戻ってきた炭谷に呼ばれた理由を聞きました。

「みんなカレー鍋を食べていて、〆の麺を食べたいから残った具を食べていけって言われました」と。入団時から大食漢と認められていたので白羽の矢が立てられたのです。まぁ、プロ野球選手は大食いが基本ですので、誰がどのくらい食べたというのは新鮮な話題にはなりませんが。

「とり金」のカレー鍋 ©中川充四郎

 取材で球場に行っての楽しみの一つは食事。昔話が中心になりますが、今はもう存在しない球場等の食事の思い出を紹介してみたいと思います。まずは平和台球場。ナイター時の球場入りは3時前です。ちょっと小腹が空くので、球場入り口で軽ワゴン車で営業しているホットドッグを一本。何の変哲もない普通のホットドッグなのですが、ケチャップとマスタードのバランスがとても良く、おやつ感覚で食べました。そして、試合前には球場内の食堂で「まる天うどん」。いわゆるさつま揚げがのったシンプルなうどんです。試合後に中洲の屋台で食事をするにはこのくらいの腹ごしらえで十分。

 西宮球場での定番は「ビフカツ定食」。ここは、パーティションで仕切られていて、選手も利用する食堂でした。少し歯ごたえはあるもののソースが絶妙の味。また、大阪球場も選手と同じスペースで食べていました。ここでは「オムライス」と「野菜サラダ」。ドカベン・香川がボリュームタップリのメニューを美味しそうに食べていた姿が思い出されます。

 藤井寺球場の「肉うどん」は秀逸。登板日でない東尾修が、練習後にすすっていたシーンは数え切れないほど目にしました。のちに知ったことですが、関西では「肉」といえば牛肉で、豚肉は「ブタ」。なので、関東では「肉マン」と表現しますが、関西では「ブタマン」です。ちなみに鶏肉は「かしわ」。いろいろな文化の勉強にもなりました。付け足しますとアイスコーヒーが「レーコ」、ゆで卵が「にぬき」なんです。

3連食が当たり前だった「山田屋」の定食

 さて、関東に戻る前に名古屋で途中下車。かつて近鉄がナゴヤ球場で年に1カードの西武戦主催試合を行っていました。この球場では「山田屋」の出前の定食が名物。お重に入れられた焼き鮭、卵焼き、冷ややっこ(一丁まるごと)、ぬか漬けのお新香と、ごくごく普通のメニューなのですが食欲が進むのです。なので、3連戦、3連食は当たり前でした。これが食べたくて、日本シリーズの相手は中日がいいなぁ、と密かに思ったほど。

 首都圏に戻って川崎球場。練習中に聞こえる、隣接する川崎競輪場でのジャンの音が懐かしいものです。この球場の1塁側照明塔の下の「ラーメン」が有名でした。「おばちゃんに気に入ってもらうとゆで卵がサービスされる」という風評を聞きましたが、毎回食べるたびに周りを見渡すと、全員が気に入ってもらっていました。スープはしょうゆベースのいわゆる「中華そば」で、縮れ麺の固さが程よく、毎日でも食べられる味。

 後楽園球場の「ベースボールランチ」は質、量とも自分好みでした。「A」と「B」があり、どちらを選ぶかはその日の気分で。内容は詳しく覚えていませんが、ハンバーグをメインに栄養バランスが考慮されていた記憶があります。ナイトゲームで夕方に食べる時も「ランチ」なのです。まぁ「ディナー」とは表現しづらいでしょうから。