様変わりしたキャンプの練習内容
「キャンプさえなかったら、プロ野球選手の仕事は最高なんですけどねぇ」
これは、選手からよく聞く言葉。各チーム、約1カ月にわたるキャンプを終えてオープン戦に突入。開幕に向けての最終調整に入っています。確かに、朝から目一杯体を動かし続けるキャンプは、選手にとって辛いものかも知れません。ただ、これによって体力、技術を身に付け、長いシーズンを乗り切れるものなのです。
西武を中心にですが、キャンプ取材を三十数年続けていて、かなり内容が変わったのを感じます。1980年代半ばまでは「合同自主トレ」と称して1月中旬に全員集合。ユニホームこそ着用していませんでしたが、中味はキャンプとほぼ同じでした。まず、ウォーミングアップとして球場内をランニング。若手が前列で大きな声を出しながら引っ張り、ベテランは後列でそれについていく形でした。
その後、トレーニングコーチの笛を合図にダッシュを数十本。走ることを中心に1時間はタップリ行われていました。最近のキャンプでは全員ランニングは軽めで徐々に体を温め、合間にストレッチ。これもトレーニング法を学んだ指導者が、理にかなったメニューを作成しているのです。以前は聞いたことがなかった言葉「アジリティ」(機敏、軽快)なるメニューもあります。まさに隔世の感あり、です。
このあとのキャッチボールやペッパーなどは昔と変わりません。その後行われる「投内連係」が個人的に好みのメニューなのです。バッテリーと内野手によるバント処理、併殺、一ゴロ、二ゴロで投手が一塁ベースカバーに入るプレーなどの練習です。これは、シーズンに入ると見ることが出来ません。しいて挙げれば球宴期間中に行われる程度です。
この練習を見ていると投手の「守備センス」が伝わってきます。かつて、松坂大輔(現ソフトバンク)の身のこなしに見とれたものですが、同じ横浜高出身の涌井秀章(現ロッテ)の動きはその上をいくもので、名門高校の教えの素晴らしさに感心しました。一概には言えませんが、やはり無名高校出身の選手はあまり得意ではないように見えました。しかし、名取北高→東北学院大からプロ入りした岸孝之(現楽天)は、苦手だったにもかかわらず持ち前のセンスで、短期間で上達した記憶があります。
戻ってきた明るい雰囲気
また、かつてこの練習で送球ミスを犯すと、チームメートから強烈なヤジが飛び、そのボールを外野方向まで自ら拾いに行かなければなりませんでした。ところが、近年はミスを犯しても静まり返るだけなので、緊張感に欠けていました。昨秋、辻発彦監督が就任した直後の秋季練習でそのことに触れたところ、「それはマズいですよね」と真摯に話を聞いてくれました。
黄金期には石毛宏典とともに大きな声で年上の選手にも遠慮なくヤジっていた辻監督。今年のキャンプで一番楽しみにしていたこのメニューで、選手が元気に大きな声を出していたので安心しました。ただ、年上の選手に対しての辛辣なヤジはありませんでした。まぁ、時代の流れや、チームの雰囲気もありますので。
名物メニューとしては、野手の「サンドバック・スライディング」や投手陣の「至近距離ノック」がありました。前者は、ホームベースをふさがれた捕手に体当たりするもので、ご承知のようにコリジョンルールの適用で不要になりました。後者は、投手が強烈なピッチャー返しの打球に反応するために捕手マスク、グラブの反対の腕には剣道用のコテ、胴回りはアイスホッケーのキーパー用防具、両足には捕手用のレガースという「完全防具」で武装。
この格好で、投手コーチが10メートルほどの距離から打った強い打球を捕球するものです。一番の注意点は、ボールを怖がって横を向くこと。顔面はマスクでガードされていますが、側面は何も着けていないので大きなケガにつながってしまいます。最近、西武では廃止されているメニューですが、黄金期には一番楽しそうにノックバットを振っていた森繁和投手コーチ(現中日監督)でしたので、現在率いているチームでは存続されているのか少し気になります。
一日中野球漬けのキャンプといっても、夜間練習は少なくなりました。これは監督の考え次第なのですが、選手の一番の楽しみと体力維持には大事な夕食です。その夕食時に「これから練習が控えている」と思いながら摂ると、美味しさも楽しさも半減してしまいます。その分、朝早めに球場へ行く「アーリーワーク」があります。
07年の秋のキャンプで、就任したばかりの大久保博元打撃コーチ(前楽天監督)に「デーブ(大久保の愛称)、メニューに“早朝練習”って書かれていると、何か早起きして、つらいイメージがあるよね」と話しました。すると「メジャーのキャンプでは、みんなやってることなんですけど、向こうでは“アーリーワーク”っていうんですよ」と。翌日からのメニューは「アーリーワーク」に変更されていました。キャンプも時代を反映するものなのですね。
◆ ◆ ◆
※「文春野球コラム ペナントレース2017」実施中。この企画は、12人の執筆者がひいきの球団を担当し、野球コラムで戦うペナントレースです。