マウンド上のダルビッシュ・有が投じた内角への球が右ひざにガツーン! 痛みをこらえて一塁に歩いた秋山翔吾。プロ初打席、2011年4月12日の札幌ドームでの日本ハム・西武の開幕戦、3回表の出来事でした。いわゆる「持ってない選手」は当たり所が悪くケガにつながってしまうものなのですが、日の丸を背負う選手は違いますね。翌日の試合前にその死球について聞いてみたところ、「確かに痛かったですけど、塁に出られて気がラクになりました。初打席が凡退と出塁では全然違いますから」と前向きな答え。

 その翌日の試合。最初の打席で昨季途中からチームメートとなったブライアン・ウルフからプロ初安打を放つと、その後2安打の猛打賞。大投手からの「洗礼」が気持ちに余裕を与えてくれるキッカケになったのです。

試合前練習中の秋山翔吾 ©中川充四郎

シーズン216安打の日本記録が生まれた要因

 私が「文化放送ライオンズナイター」を卒業して2年後に入団した選手。球場に顔を出す機会が極端に減ったため顔見知りの選手も少なくなりましたが、秋山はいつも笑顔で接してくれます。今年のキャンプで、改めて二人がよく会話する理由を聞いてみました。「充さん(私のことをこう呼びます)は、ルーキーの時からボクのことをプロの選手として認めてくる話し方をしてくれましたから」と。私は、まったく意識していなかったことでしたので、ちょっと驚きました。やはり、取材の基本はそこにあるということを再認識したものです。取材する側が若手選手に「上から目線」で扱ってしまうのをよく目にします。でも、選手の受け止め方は敏感なので気を付けないといけません。

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 一昨年のシーズン216安打の日本記録は歴史に残る話題です。この素晴らしい記録を持っている選手が控えに回っているのですから、侍ジャパンはぜいたくなチームです。このシーズン中のこと。31試合連続安打を放ち33試合の日本記録に迫っていましたが、チームの勝利に徹したため途切れてしまいました。7月14日の楽天戦は延長戦に突入。10回ウラ、それまで無安打の秋山に5打席目が回ってきました。チームは4連敗中で出塁が最優先の状況。フルカウントから外角高めのタマをしっかり見極めて四球を選び、中村剛也のサヨナラホームランを呼び込みました。あの場面で個人記録を優先していたら、おそらくあのタマに手を出していたかも知れません。結局、この打席の姿勢を「野球の神様」が評価して、216安打を達成させてくれたのでしょう。もちろん、秋山の技術力があってのものですけど。

 この記録を打ち立てた前年の2014年は、打率.259と数字を残すことができませんでした。理由について本人は語りませんが、傍から見てハッキリいえるのは練習不足です。この年からチームの指揮をとることになった伊原春樹監督は、合理的な考えでキャンプの練習量を減らし、実戦形式のメニューも大幅に減らしました。もちろん、休日練習や夜間練習も禁止。ある程度の力を持ったベテラン勢には合っていますが、伸び盛りの若手選手には障害になってしまったようです。翌年から田辺徳男監督に代わり普通の練習が復活し、猛練習に励んだ秋山の記録が生まれたのです。

WBCでは少ない出番の中で「らしさ」を発揮

 選手に漠然とコンディションを聞くことがあります。「調子はどう?」は挨拶替わりのようなものですが、抽象的過ぎて答えに窮する選手もいます。「昨日の2打席目の3球目、甘いタマに見えたけど打ち損じ?」といったような聞き方をすれば、答え様があります。秋山に打撃についての質問をすると「今、タイミングがどうしても合わないので、調子は良くないですね」といった返答が多いのです。実際に安打が出ていて、傍目ではそうは思えなくても、です。会話の後、いつも思うのは「追い求めるもののレベルの高さ」を感じます。また、「はい、絶好調です!」と答えた後の試合で、無安打だったときのための「慎重さ」からくることもあるのでしょう。

 WBCではスタメン出場の機会は少ないのですが、14日のキューバ戦では「らしさ」を発揮しました。同点で迎えた8回ウラ、敵失で1死一塁から秋山が中前に運び一、三塁。その後、代打・内川聖一の犠飛で勝ち越し、山田哲人の2ランで「主役」を奪われましたが、チャンスを広げた秋山にもスポットライトを当ててもらいたかったですね。でも、このうなぎ、いや、つなぎの仕事こそ秋山らしいのです。

「西武の秋山」といえば秋山幸二(前ソフトバンク監督)でしたが、それもオールドファン限定かも知れません。今では秋山翔吾の名が完全に野球ファンに定着しました。一度は優勝経験をして、あのビールかけを味わってもらいたいですね。その体験で、さらにスケールの大きな選手に成長するでしょうから。

 ※注 うなぎは秋山の愛称で、マンガの「ウナギ犬」に風貌が似ていることから。球場の左翼席にはそれが描かれた幟も立っています。

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※「文春野球コラム ペナントレース2017」実施中。この企画は、12人の執筆者がひいきの球団を担当し、野球コラムで戦うペナントレースです。