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山本 一郎
2017/05/11

オタクがオタクでなくなるとき

「ヤメヲタ」はオタク活動を終止するとき何を遺すか

 男なら誰しも「これが好きだ」という何かがあるはずなんですよ。

 子供のころ好きだったもの、のめり込んだ趣味を両手いっぱいに抱えたまま大人になり、そこから抜け出すことなくいまなお好き、というものは沢山あります。私の場合はゲーム、それもオタクの中では少数民族に位置するシミュレーションゲーム愛好家でありまして、睡眠時間を削って徹夜で戦略対戦ゲームにのめり込むこともありました。

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 ネットの時代になって、そういう希少な趣味でも同好の士を見つけることが簡単になったこともあり、国内や海外の情報サイトを漁って最新のゲーム事情、新たなゲームトレンドを追いかけたり、逆にボードゲームの過去の名作がオンラインサポートされるようになったと言われたら、海外の大学の面々と何週間もかけて「ディプロマシー」という古い古いゲームでネット対戦したりするのです。

 子供のころは時間がたくさんあって、使い切れないほどの時間と足りない小遣いの間で創意工夫しながら好きを極めてきました。好きでやっているから、熱中しているあいだはどれだけ無茶苦茶をやっても疲れない無敵の自分を経験します。他人から見れば物好きでしかないのだけれど、自分にとってはそれが価値だし、やり遂げなければならないと決めた以上は「信長の野望」が描き出す戦国の世界を飛騨・姉小路家で統一したり、「シヴィライゼーション」はエジプトで遺産という遺産を全部建設して最高難易度を生き残って勝つみたいなプレイをやるわけです。

人生の駒が進むほどに、やりたいことができなくなる

 目を転じれば、ミニカー好きが大量のコレクションを所蔵していたり、惜しげもなく金を使って買い集めた美少女フィギュアを倉庫一杯に持っていたりする変態紳士も多数いる一方、エロ同人誌の収集や、ハードディスク内に見つかったらお縄待ったなしの問題画像を膨大に保存する面々も少なくないのが情報化社会の悲しくも切ない世界だったりするわけであります。

 でもですな。世の中には必死になって集めた鉄道模型のコレクションを嫁に無断で捨てられる家庭もあれば、アイドルヲタが昂じていい歳しておっかけやって伴侶に離婚を迫られる逸材もおります。妻や娘から容赦なく投げかけられる白い目をものともせずオタク街道を歩める強靭なハートを持っている人は幸せです。心の中で神の声が響いているのでしょう。

 現実には、結婚をし、子供を儲ければ必然的にオタク活動に終止符を打つことを強いられます。家庭と向き合い、子育てに真面目に取り組もうとしたとき、オタクはぬるくなるのです。あれだけ好きなことをいくらやっても許された学生時代から社会人になり、結婚をして子供ができるという人生の駒が進むほどに、やりたいことができなくなる、プライベートが失われていく自分の魂が彷徨い始めます。

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 いつまでもゲームをしていたい。できれば夕方から深夜まで、ゲーム内でできた、会ったこともないフレンドと和気あいあいとチャットしながらイマジネーションを掻き立てるファンタジーや戦国時代や近未来都市や宇宙空間を旅していたい。ゲームの中の自分は決して年を取らず、白髪や抜け毛に悩むこともなければ尿酸値を気にして節制の必要もない。邪魔になるのはゲーム中の大事な時に限って家内から頼まれる雑用であり玄関チャイムを鳴らす宅配便であり子供が熱を出したと学校や幼稚園から来る電話連絡であり突然襲ってくる腰痛であります。それでも「木口小平は死んでもラッパを離しませんでした」とばかりにマウスやスマホから手を離すことなく華麗に雑事を捌くわたくし。

 それでも、時間の経つごとに同年代のオタクたちは一人、また一人と引退していきます。あるものは愛する人のため、あるものは経済的な事情、あるものは親の介護、様々な理由で、価値ある活動を生涯にわたって続けてきた人々が歩んできたオタク道の挫折を見るたびに、真の意味で「好きを極める」ことのむつかしさを思い知ることになるのです。