まるで昭和の大エースのような存在感
2017年の菅野智之は古すぎて新しい。
巨人のエースに漂う、なんか懐かしいこの感じ。80年代初頭、全盛期の江川卓登板試合の後楽園球場では、売店の売り上げが通常時よりも低かったという。ほとんどチャンスを与えないため試合テンポが異様に早く、味方ファンだけでなく、敵チームのファンも怪物右腕の投球を見るために座席から立たなかったからだ。
そう言われてみれば、今シーズンの菅野先発試合でも俺はほとんど東京ドームの席を離れていない。トイレに行く暇もないから、飲み物もなるべく我慢。それに負けじと、早く試合が終わってしまうので売り子のお姉さんも序盤からマジでシャウト。菅野が投げる試合は客も売り子も相手打線もみんな必死だ。自軍が3点取った瞬間にファンが「あ、勝った」と確信できる投手は巨人では上原浩治以来だと思う。
いつの時代も、プロ野球選手は現代を超えて過去の偉大な先人たちと比較されるようになったら本物である。先週のヤクルト戦の今季リーグ最短2時間16分という試合時間の短さは江川を彷彿とさせ、3試合連続完封は89年の斎藤雅樹以来28年ぶりと騒がれる。そして、チーム最後の20勝投手上原からは背番号19を継承した。まさに近年の巨人エース全部乗せピッチャーの出現だ。
春のWBCでは準決勝アメリカ戦に先発すると6回3安打1失点(自責点0)の快投。その疲労が不安視されたが、今季7試合で5勝1敗、防御率1.78の好成績。特筆すべきは分業制が確立した野球界において、投球回55.2と1試合平均約8イニングを投げるタフさ。3完封を含め、打っては打率.313とまるで一昔前の昭和の大エースのような雰囲気すら漂っている。
“原辰徳の甥っ子”から“巨人のエース”へ
半端ない絶対的エース感。良くも悪くも、巨人史上ここまでひとりの投手への依存度が高い先発ローテは初めてではないだろうか。今季のチーム成績は41試合消化時点で21勝20敗の貯金1。だが、お得意様の対中日7勝2敗と菅野5勝1敗(中日戦登板なし)を抜かすと、なんと「9勝17敗」だ。
代役開幕投手を務めたマイコラス、防御率リーグトップの田口麗斗にしても、それぞれ今季4勝の内2勝は中日から稼いでいる。その昔、江川にはライバル西本聖がいたし、斎藤は桑田真澄や槙原寛己と伝説の三本柱を形成。菅野がドラ1指名された2012年も内海哲也や杉内俊哉がまだ健在だった。
あれから5年。思えば、プロ入り当時のあの頃の菅野には常に“原辰徳の甥っ子”という肩書きがついて回っていた。NHKで放送された特番タイトルも『きっと越えてみせる』。実際に自分がインタビューした時も、「学生時代はどんなにいいピッチングをしても必ず新聞には原監督の甥っ子って出てて、ちっちゃく菅野って書いてある。それは悔しいというより、嫌だった」なんて苦笑いしながら悩める思春期の本音をチラ見せ。
そんな好奇の視線を潰すにはグラウンド上で圧倒的な結果を残すしかない。1年目は入団の経緯から他球団ファンから叩かれる中いきなり13勝。2年目は開幕投手はまだ早いと自軍のファンからディスられながらも最優秀防御率とMVPに輝き、昨季は無援護に苦しみながらも再び最優秀防御率と最多奪三振のタイトルを獲得。気が付けば、もう“原辰徳の甥っ子”という表現はほとんど聞かなくなった。いまやテレビ解説の原さんも「トモも偉くなったねぇ〜」なんつってデヘヘ顔だ。
数年前、いつの日か甥じゃなく逆に“菅野の伯父が原監督”って呼ばせてやるぞと心に誓った男は、ついにプロ5年目でここまできたわけだ。