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藤田 直哉
2017/07/23

実に素晴らしいめまいと吐き気をもたらす文章体験

藤田直哉が『ホサナ』(町田 康 著)を読む

『ホサナ』(町田 康 著)

 実に素晴らしい眩暈(めまい)と吐き気を齎(もたら)す文章体験である。身体や脳が内側から裏返されるような文章のマジックにただひたすら翻弄される。何かを言っているようで何も言っていない、あるいは、何も言っていないようで何かを言っている比喩の連発に酔う。「何か」が特定できなくても感動してしまうことに言語の芸術としての高度さと不思議さを覚え、ただひたすら感嘆し圧倒されればよい。

 読む者によって万華鏡のように変わる多面的な比喩を、無粋を承知で幾つか取り出してみる。作品が延々こだわっているのは、タイトルから推察されるように、神、あるいは、聖なるものである。さらに、バーベキューや肉を焼くことと、主人と犬、そして階層差にも。実に鋭敏かつユーモラスに描かれているのが、階層差に由来する差別意識や疎外感である。

 豊かで優雅な暮らしをしている者たちの無意識の差別意識と、貧しい暮らしをしている者の疎外感と怨嗟。両者とも人間の救いがたさを示す。肉を焼く火は、炎上、なども含意し、ルサンチマンや不当な被害者意識と関わる。肉は、「食い物にする」ことを象徴する。スマートでエレガントな暮らしをしているものたちには聖なる光が、貧民の側には悪霊たちがいる。主人公、及び、語り手は、状況に応じて上昇したり下降したりし、調子に乗ったりうらぶれたりする。

 シュールリアリスティックな展開をするこの作の人物は、不快かつ滑稽である。そして、なんとも感動的で爽快な嘔吐感とでも言うものを覚える。読書によって醸し出される感覚が、SNSなどで可視化されるおぞましい人間の姿を見た時のやり場のない感じに良く似ている。神よ、このダメダメな人類を救いたまえ、と思うときの気持ちに。

 言葉と比喩が、精神的な嘔吐感に形を与えてくれたように感じる。字そのものが吐瀉物として書かれているかのようであり、ゲロを吐く=排泄する行為を作者が代行してくれている。だからこそ、精神的なカタルシスと、感動を覚えたのではないか。

 未だうまく言語化されていないものを言葉にし結晶化するという、言葉の芸術の存在意義を、見事に体感させてくれる実に見事な小説である。

 人間が作り出したこの世の地獄に対する精神的な嘔吐の感覚自体が踊り出す。釣られて、同じ阿呆なら踊らにゃ損損と、世界そのものが踊り出す。神はいても救いにならず、吐き気の踊りの滑稽と悲惨の中にのみ、慰めがある。この小説は、そんな境地にいる。

まちだこう/1962年大阪府生まれ。パンク歌手として活動するかたわら「くっすん大黒」で作家デビュー。2000年「きれぎれ」で芥川賞、02年「権現の踊り子」で川端康成文学賞、05年『告白』で谷崎潤一郎賞、08年『宿屋めぐり』で野間文芸賞受賞。著書多数。

ふじたなおや/1983年北海道生まれ。文芸評論家。早稲田大学第一文学部卒業。著書に『新世紀ゾンビ論』『虚構内存在』など。

ホサナ

町田 康(著)

講談社
2017年5月26日 発売

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