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山内 宏泰
2017/08/12

アートの「フェス」、ヨコハマトリエンナーレの愉しみ方

 フジロックにサマーソニック……。盛り上がりを見せる音楽の「フェス」に負けじと、アートの祭典だって各地で開かれている。

 この夏に目立っているのは「ヨコハマトリエンナーレ2017」。横浜のみなとみらい地区各所で、いつもよりオープンな雰囲気のなか、世界中のアートを楽しむことができる。

横浜きっての観光地、横浜赤レンガ倉庫も会場の一つ 撮影/著者

3年に1度、横浜で繰り広げられる「トリエンナーレ」

 アートの祭典と銘打ったイベントでは、名称に「トリエンナーレ」「ビエンナーレ」という言葉を掲げているものがちらほらある。これらはイタリア語で、トリエンナーレは「3年に1度」、ビエンナーレは「2年に1度」の意。世界で最も由緒ある国際展がヴェネチア・ビエンナーレとされているので、イタリア語の呼び方が定着しているのである。

 国内でこのところ芸術祭が急増中なのは、2001年に第1回を開いた横浜トリエンナーレが、回を重ねるごとに人気を呼び、地域の活性化とイメージアップに寄与してきたから。アートで人が呼べるのか、ならばウチもと、あちこちの地域・自治体が声を上げるようになったのだ。

 日本の芸術祭の「権威」たる横浜トリエンナーレが、今夏開催と相成った。トリエンナーレ、ビエンナーレは通常の展覧会と何が違うのかといえば、規模が大きいこと、祝祭的な色の濃い演出が施されること、ときに作品が美術館などに収まらず地域に飛び出していくこと、掲げられた統一テーマを各作品が踏まえていること、などが挙げられる。

 つまりは、出品作品や展示のしかたが派手で、お祭り気分をもり立てんという意図のもと全体が構成されている。うまくすれば、アートに不足しがちな「だれもがいっしょに楽しめる」というノリや一体感を補ってくれるのが、芸術祭という場なのである。

アイ・ウェイウェイの作品に彩られた横浜美術館 撮影/著者

 その観点から今回のヨコトリ(と関係者は略したりする)を眺めれば、会場は横浜美術館と横浜赤レンガ倉庫が中心で、他に横浜市開港記念会館などを使用する。横浜美術館はエントランス部分に巨大な吹き抜け空間を持っており、ふだんは常設展示がちらほら並ぶに留まるけれど、ヨコトリではここに、しめ縄のおばけのようなジョコ・アヴィアントの《善と悪の境界はひどく縮れている》、人形を用いて観る者を驚かせる仕掛けに満ちたマウリツィオ・カテラン作品などが、ところ狭しと展示されている。どんと見栄えのする作品で館の全体に満ちている雰囲気を、うまく醸し出している。

ジョコ・アヴィアント《善と悪の境界はひどく縮れている》撮影/著者

ふらり立ち寄って、最先端アートに触れられる気軽さがいい

 もうひとつの主会場たる横浜赤レンガ倉庫には、もともと商業施設がたくさん入居しており、目の前が港であるのも手伝って、横浜が誇る人気の観光地。そのにぎわいにヨコトリがなんとか混ぜてもらって、一角を借りて展示しているといった趣だ。

 でも、それでいいんじゃないか。横浜の人気スポットに遊びに来てみると、たまたまアートに触れられる場があったので覗いてみた、知らないアーティストの作品が並んでいたけれど、不思議と胸に響くものがひとつかふたつはあった……。なんてことが一例でも生じれば、通常の展覧会の枠を飛び出してトリエンナーレを開催した意味があろうというもの。

パウロ・ピヴィ《I and I〈芸術のために立ち上がらねば〉》部分 撮影/著者

 赤レンガ倉庫の会場では、ドイツのクリスチャン・ヤンコフスキーやアイスランドのラグナル・キャルタンソンらの、観てすぐ美しさやおもしろさを味わえる映像作品が多数あって親しみやすい。奥まったスペースに展開されている小西紀行のペインティングも、周囲の喧騒をよそに静けさを湛えていて、長く留まりたくなる空間が生まれている。

クリスチャン・ヤンコフスキーの映像作品 撮影/著者

 そういえば今回のヨコトリには、「島と星座とガラパゴス」なるタイトルが付けられており、「接続性」と「孤立」がテーマなのだとか。出品作なのに孤立して佇んでいるかのような小西紀行の作品が、テーマを最もよく体現しているかもしれない。

小西紀行の作品 撮影/著者

 横浜へ遊びに行くついでに、ちょうどアートもやっているらしいから立ち寄ってみようか。それくらいの気分で観てみるのがいい。世界の最先端アートがそろっているのは間違いないので、かなり見応えありなのは請け合いだ。