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村長の父親の銅像の前で祭りを…日本の“住みよい北朝鮮”は「ある意味正しい」と村民が語る理由

『地方選』著者・常井健一インタビュー #1

2020/10/02
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「官でやることは官でやる」…政府と正反対の方針

――「官でやることは官でやる」と、政府とまるで反対のことを言っているのが面白いですね。 

常井 村長に言わせれば、それは一理、あるんです。この島と本土を約20分で結ぶフェリーも村営で、1日往復12便もある。もっとも最近は赤字で、その4分の3を大分県や国に補填してもらっています。これを民営化したら、便数が削られたり、場合によってはなくなってしまったりする可能性がありますよね。 

 このように辺境の暮らしを維持するためには官が担わないといけないことはあって、その覚悟をもつひとが地元のリーダーとして必要になる。姫島村の場合、長期政権だったがゆえに、国の政策に抗えるチカラがあった。それと国からカネを引っ張ってくる人脈なり土着の知恵があった。だから官でやれることが官でできてきた。 

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村の基幹産業であった塩田が廃止となった後、村をあげて力を注いでいる車エビの養殖場  ©時事通信社

 そんな姫島村でも、小泉政権の郵政民営化で、島から郵便局がなくなったっていうのは相当な痛手となっていると言います。「国から見放された」という気持ちになり、プライドを奪われた。都会の大衆から喝采を浴びる「改革者」が国策として上から押し付ける改革を無防備に受け入れてしまうと、小さな町や村はいとも簡単に疲弊してしまうんです。 

 地方は遅れているという前提が世の中にはありますが、それでも地方には地方のよさがあり、そこに光があてられずに、マッチしていないものが地方に入っていくと齟齬が起きることがあります。村は平和にまわっているのに、それを変えろと国がいってきて、地域がだめになってしまうこともあります。

 コロナ対策でもそうですが、誤った政策を押し付けてくる国に抗えるリーダーがいるかどうかは、小さな田舎にとって、とても重要なことです。 

何年も無投票が続く「無風王国」はアンビバレントな世界

――そのために政治力に長けた首長が必要になるわけですね。

常井 これが難しくて、そうした首長がいると対立候補が現れず、何十年も無投票が続くような「無風」が起きるわけです。本の副題に「無風王国」といれていますけれども、無風であるがゆえにうまく行っている部分と無風であるがゆえにだめになっている部分がある。

 この『地方選』ではマスコミの報道などで紋切型で伝えられる町や村の政治というものは、じつは、そうした非常にアンビバレントで、カラフルで、多様で、奥深い世界なんだと位置づけました。 

北海道えりも町長選で有権者と握手する候補者(常井健一氏提供)

――姫島村でもついに対立候補が現れて選挙が行われたように、『地方選』はそこに現れた「2人目」を追っています。

常井 全国の町村長選の再選率は84.2%です。そんな選挙に対抗馬として出ようというのは「変人」ですよ。だから、なぜこの人は選挙に出たんだろうというところから取材は始まります。

 それを調べていくと、一見、ぽっと出に見えるけども立候補にいたるまでに何らかのチカラがはたらいていて、それをたどっていくとむかしからムラ社会の中にあるもう一つの系譜や派閥にぶち当たったりする。 

 50年前くらいの村長の系譜を引き継いでいるなどの、なんらかの背景がそのひとにあるとわかる。そんなふうに一見、多選首長によるワンマン行政が続いて、一色に見える町や村であっても、地下水脈に潜んでいた、別のカラーをもつ政治の流れみたいなものが見えて来ます。