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「うれしい」河合優実が笑顔になった女子大生の“いい質問” 少女の壮絶な人生を描く『あんのこと』<カンヌ凱旋後の初登壇>

2024/05/31
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 母親からの壮絶な虐待、10代半ばからの売春、覚醒剤、そして生きることへの希望と容赦のない現実――。コロナ禍に起こった一人の少女の実話を映画化した衝撃作『あんのこと』。

 6月7日の全国公開に先立ち、5月30日に共立女子大学で約180人の学生を交えたトークイベントが開催され、主人公・杏を演じた河合優実と入江悠監督が揃って出席した。

河合優実(左)と入江悠監督 ©志水隆/文藝春秋

180人の学生と語り合う「私たちになにができるか」

 試写直後の興奮が残る会場に登場した河合は、「舞台あいさつなどで登壇する機会は多々あるんですけど、こういうふうに学生の皆さんと直接お話しできる機会というのは本当に貴重なので。ぜひ今日は率直にお話しいただければすごくうれしいです」と真剣な面持ちであいさつ。

 また、入江監督は「皆さんに観ていただけて、感想を伺えるのがとても楽しみです。何でも発言していただいて構わないので、ぜひ感想を聞かせていただければと思います」と学生たちに語りかけた。

©志水隆/文藝春秋

 河合は、第77回カンヌ国際映画祭で監督週間に出品された主演映画『ナミビアの砂漠』が国際映画批評家連盟賞を受賞。会場には祝福の拍手が巻き起こり、帰国したばかりの河合も思わずにっこり。

「自分にとっても大きな経験になると思います。上映後に観客の皆さんがフランクに声をかけてくれて、感想を伝えてくれるのが印象的で、それはすごく豊かなことだなと思いました」と語った。

「あのゴミの配置は監督のこだわりですか?」

 作品の中で杏と母、足の悪い祖母の3人が暮らす団地の部屋は足の踏み場もないほどゴミだらけ。最初に質問に立った学生も強烈な印象を抱いたといい、「あのゴミの配置は監督のこだわりですか?」と質問。

 それに対し入江監督は、「まず美術部さんがベースを作ってくれて、撮影の前に河合さんと母親役の河井青葉さんとリハーサルを行い、生活の流れでここらへんにゴミはあるんじゃないかとか、歩いていくための最低限の動線は開けておこうとか相談して。結果的にもう少しゴミを増やしましたね」と舞台裏を明かした。

©2023『あんのこと』製作委員会

杏の母はなぜ杏を「ママ」と呼んだのか?

 また、イベント当日も社会福祉の授業を受けていたという学生は、コロナ禍がなければ杏の運命は変わっていたのではないかと感想を述べたうえで、「杏のお母さんが杏ちゃんを“ママ”と呼んでいたのですが、なぜ“ママ”だったんでしょうか?」と質問。

 これには入江監督も「いい質問ですね」、河合も「うれしい」と笑顔を見せた。

 入江監督は、「自分が母親なんだけど、お互いに依存しながら生きているよね、ということを、呼び方で確認しあっているというか。お母さんはそれを無意識にやって杏をコントロールして、家から出られなくするような行動をとっているのかなと思っていました」と説明した。

©2023『あんのこと』製作委員会

実在モデルに近づきつつ、香川杏というキャラクターを作る

 次に質問したのは、入江監督や河合のファンだという学生。

「私も幻覚が見えているんだろうなという人を見かけたことがあるのですが、そういう人にもこういう背景や家庭環境があったのかなとか考え直すことができて、いい経験になりました」と感想を述べた。

 そして、「実話を元にしているとありましたが、一人の子をモデルにしたんですか? それとも複数のモデルがいるんですか?」と質問。

 これに対し、「ある一つの新聞記事に書かれた特定の女性から作ってはいるんですけど、要素やエピソードは脚本の段階で肉付けされていますし、そういう意味では同じ状況にある人たちの集合体でもあります」と河合。

©志水隆/文藝春秋

 「実在した方がいる、ということが自分にとってはとても大きなことで。その方に敬意を払うこと、近づくことを最初はやっていたんですけど、撮影をしていく中で、“香川 杏”というキャラクターをつくっていくということが重要だなという方向性に、監督を含めて現場ではなっていったという感じですね」と、撮影時を振り返った。

母と娘の共依存関係を可視化したシーン

 最後にマイクを握った学生は、「杏は被害者というか、ずっと傷つけられる側だったにもかかわらず、最後まで人を傷つけることがなかったというのが印象的でした」と深い感慨を口にした。

 これについて、「杏というのは真面目な子だったのかなと。真面目であるがゆえに、いろんな責任を押しつけられて、それによってどんどん押しつぶされるような側面があったのではないかと思っています」と入江監督。

 一方、河合は学生の質問に、「今、お話しいただいたことがとてもすてきだなと思って」と感じ入った様子。

 そして、実際に自分が受けてきた暴力が家庭内で連鎖していくという傾向はあるだろうとしつつ、それでも杏は人を傷つける側に回らなかったことを「それは本当に映画として希望があるなと思っていて。わたしは良かったなと思っていたので、感想をいただけてうれしかったです」と、学生に語りかけた。

©志水隆/文藝春秋

 真剣な議論を呼んだイベントは盛況のうちに終了。

 河合は「あっという間でしたね。もっと聞きたかった」と残念な表情を浮かべたものの、「部屋に入って来た時に、映画を真剣に観てくださった方たちの空気が伝わってきて、本当に良かったなと思いました。ありがとうございます」と笑顔を見せた。

 入江監督も「本当に感謝しています。もうすぐ公開となりますが、映画を観て、素直に感じたことを、家族や友だちなどと話すことは有意義だと思うので。ぜひ感じたことをまわりに伝えて話し合ってもらえたら」と呼びかけ、学生たちとのひとときを締めくくった。

©2023『あんのこと』製作委員会

『あんのこと』
STAFF & CAST
監督・脚本:入江悠/出演:河合優実、佐藤二朗、稲垣吾郎、河井青葉、広岡由里子、早見あかり/2024年/日本/113分/配給:キノフィルムズ/6月7日(金)新宿武蔵野館、丸の内TOEI、池袋シネマ・ロサほか全国公開

提供/(株)キノフィルムズ