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現代の「恐竜発掘調査」その舞台裏とは?――現役調査員が明かす真実

2017/09/17
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古生物学は警察の科学捜査に似ている?

 古生物学の研究は独特です。化石として残されるものは体の一部にしかすぎませんので、タイムマシンに乗って過去に行かない以上、生態を含めてそれがどのような生物であったかを確認することはできません。したがって、どんなに小さな手掛かりでも収集し、様々な分野の知識を結集した上で、すべての可能性を列挙し、そこから蓋然性(最も可能性の高いこと)を追求する推理の学問が古生物学なのです。また、現生生物についてさえ、日々新たな知見が生まれているわけですから、現在地球上に存在しない生物は、我々の想像をはるかに超えるものでしょう。それ故に、既存の知識に頼りすぎると、先入観にとらわれることになりかねませんので、化石の研究は想像力と創造力を駆使して、柔軟な発想で取り組まなければならないのです。

 あらゆる状況証拠を集めて調査していくという手法においては、古生物学は警察の科学捜査によく似ています。生物の死骸である化石を室内で研究するだけでなく、発掘する時から、それが保存された地層や保存状態も丹念に調べていくのです。また、活動の証として残された痕跡、つまり、足跡や巣の痕跡、糞などの生痕化石も研究対象になります。体の一部である化石は「死」の記録であるのに対し、生痕化石は「生」の記録ですので、生態を推論するためには、とても重要な手掛かりになるのです。オリクトドロメウスという新種の恐竜を発見した時には、最初は脚の骨などの一部が地表に落ちていただけだったのですが、後日の発掘の際に共同研究者のヴラキオ博士が、化石が保存されていた個所の岩石がその周囲の岩石と微妙に違うことに気がつき、「地下に掘った巣穴の中に保存されていた恐竜」という大発見になったこともありました。

地下に巣穴を掘っていたオリクトドロメウスの発見現場(上はヴラキオ博士、下は筆者) ©デイヴ・ブラキオ

マーティン博士の『恐竜探偵』に受けた影響

 私は今夏、母校が実施した野外調査に参加したのですが、その直前に上述のオリクトドロメウスの共同研究者であるマーティン博士が著された本『恐竜探偵 足跡を追う 糞、嘔吐物、巣穴、卵の化石から』を入手し、道中だけでなく、就寝前にテントの中でも読みました。この著書は他の恐竜関連の書籍とは一線を画し、生痕化石にスポットを当てて、恐竜の謎に迫ろうとしているもので、彼の体験談がユーモアに富んだ文章で語られ、それが上手く翻訳されているため、楽しんで読むことができました。

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モンタナ州立大学付属ロッキー博物館の自動車 ©モンタナ州立大学付属ロッキー博物館

 また、その専門的な内容に影響を受け、研究者として調査に対する取り組み方を改めて考えさせられました。実際、化石を探してバッドランドをさまよい歩いている間、これまで以上に生痕化石に注意を払うようになっていました。まあ、結局は今回もまた“空振り”で終わっちゃったけどね!

※写真を提供していただいた、ジョン・スキャネラ博士、デイヴ・ヴラキオ博士、モンタナ立大学付属ロッキー博物館に感謝します。
I thank Drs. John B. Scannella and David J. Varricchio and Museum of the Rockies, Montana State University, for providing the photos.

桂 嘉志浩(かつら よしひろ)/1964年生まれ、山口県出身。1997年 モンタナ州立大学大学院博士課程修了。2011年より石川県立自然史資料館( http://www.n-muse-ishikawa.or.jp/ )に学芸員・地学分野責任者として勤務。主として、白亜紀後期~第三紀に北アメリカ大陸に生息していた陸生・淡水生は虫類の研究に従事。

恐竜探偵 足跡を追う 糞、嘔吐物、巣穴、卵の化石から

アンソニー・J. マーティン(著),野中 香方子(翻訳)

文藝春秋
2017年8月10日 発売

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