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「殺しちまえばいいじゃないスか」クリスチャンの被害者がオウムのサリン製造者を凍りつかせた瞬間

『私が見た21の死刑判決』より#27

2021/02/27

source : 文春新書

genre : ニュース, 社会, 読書

note

ついに口を割った新實

「あんた、身体の調子はええんやろ?」

 すると、さっきまで黙秘を貫いていたはずの新實がこう返したのだ。

「ハイ!   早川さんは!?」

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 自分のことより、相手のことが気になっていたらしい。

 その新實がついに口を割る時がきた。

 その理由も、彼の強い信念と純真な心によるものだった。彼は事件の全容を暴露する動機をこう説明している。

「御存知の通り、私のかつての法友については検察側立証も終了しています。残るは尊師一人になりましたので。これまで、私が法廷で話すことで苦しむ人もいるのではないかと考え黙秘してきました。しかし、尊師は空(くう)の体験をされた人と考えているので、頓着はしません、無頓着であると考えています。苦しむこともありません。かえってきちんと話すほうが、尊師に対して逆恨みでなく、真実の尊師がわかると思っています」

©iStock.com

 しかも、新實しか知り得なかった信徒のリンチ殺害(杉本繁郎の自首が認められた事件)の麻原からの指示場面を、あえて麻原法廷で検察側証人として初告白。教祖にとっては、まさに教えと忠誠が仇となってかえってきたことになった。

 やがて飄々と全てをあからさまにしていった新實だったが、信念を貫くとはいえ、あるとき、何人もその手で殺してきた新實にしては珍しく、感慨深げに寂しそうにこう語ったことがある。

「林郁夫さんには、やはり、驚きましたね……」

 逮捕後の心境について触れた時だった。

 新實は地下鉄サリン事件で、林郁夫を送迎する車の運転手役としてペアを組んでいた。

「自分のことしか考えない人だと思った。事件について自供すれば、尊師とか友人が死刑になる。自分の立場をどう考えているのかと、疑問に思いました」