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オリックスファンの私にとって「エース」とは? 宮城大弥の物語がここから始まる

文春野球コラム ペナントレース2021 共通テーマ「エース」

2021/05/27
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いつの間にか少なくなってしまった「どや顔のエース」

 しかしながら、そんな憎らしいばかりに堂々とした「どや顔のエース」はいつの間にか、すっかり少なくなってしまった。今の選手たちはどこの球団でも、優等生だし、ファンサービス精神にも溢れている。その様な中、近年のオリックスから敢えて該当者を探すなら、2013年から2014年頃の金子千尋がそれに当てはまるぐらいだろうか。当時の金子はスタンドからは自信満々に見えたし、オールスターで敢えて14球の全てを変化球で投じてみせる、など時にわがままにさえ見える、自分のスタイルを有していた。現在は横浜にいる伊藤光が「オールスターを練習台にするとは」と驚いた、というエピソードは当時の金子の真骨頂だったろう。光、今回の交流戦は楽しみにしてるぞ。でも、ベイスターズの投手陣をリードするのは大変そうやな。

 それでも肘の故障もあり、金子の全盛期はそれほど長く続かなかった。そう、鈴木や山田と比べた時、現在の投手がもう一つ異なるのは、キャリア、とりわけ「先発投手としてのキャリア」の長さの違いである。投手の分業制が定着した現在では、先発投手の投球間隔は長くなり、当然、登板数は少なくなる。同時に嘗ては主力先発投手として活躍した選手でも、日本ハム移籍後の金子や、今年オリックスに移籍した能見がそうであるように、ベテランになると中継ぎや抑えに配置転換される事も多くなった。正直、嘗ては絶対的な主力先発であった投手が、点差の開いた負け試合で淡々と投げているのを見ると、少し寂しい思いに襲われる事も少なくない。

 では、これからのプロ野球には嘗ての鈴木や山田の様な、いつも「どや顔」をした、絶対的な「エース」はもう二度と現れないのだろうか。そして、それは時代が変わった以上、仕方がない事なのだろうか。そんな事を考えながら、オリックスの試合を見ていてふと気づいた。山岡と山本由伸の両エースに、左腕の田嶋、そして今売り出し中の19歳の宮城。オリックスの先発投手陣はとても若い。だとすれば必然的に彼らの選手生命は、他の選手達よりもずっと長くなる。考えてみれば、現在に至るまで、最後の200勝投手になっている工藤公康と山本昌広は、共に高校卒業直後にプロ入りしている。彼らが29年と32年という異例の長いキャリアを持つ事ができたのも、共に彼らが若い頃にプロ入りし、早い時期から主力投手として活躍する事が出来たからだ。

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 そうすでに述べたように、エースのもう一つの必要条件は、長い間「チームの顔」として君臨する事だ。だとすれば想像してみよう。今から10年経った時、宮城はまだ29歳、何と2014年に16勝を挙げ、沢村賞を受賞した当時の金子よりまだ若いのである。そしてその時、45年以上前の筆者がそうであったように、選手名鑑を握りしめた小学生が初めてのスタジアム観戦にやってくる。そして、自分を球場に連れて来た父親にこう聞くのだ。「ねえねえ、宮城はいったいいつからオリックスにいるの?」父親はこう答えるかもしれない。「そうだな、お前が生まれるずっと前からだな」。そしてその時、宮城はマウンドに今と同じ様な落ち着いた表情で立っている。いや、10年の間にキャリアと実績を積んだ彼の顔は、ずっと自信に満ち溢れたものになっているだろう。それは相手チームを応援しに来た親子には、かつての鈴木や山田ほどではないにせよ、ちょっとふてぶてしいものに映るかもしれない。

宮城大弥

 もちろんエースが投げている以上、その試合にオリックスはきっと勝つ。そしてスタジアムの席を立つ間際に小学生は、少し興奮した表情でこう言うかもしれない。「チームは負けたけど、やっぱり宮城は凄かったね。でも次はきっと僕たちのチームが、宮城を打ち崩して勝つんだよね。だから、お父さん、またこの球場に来ようね」。

 そうしてまた、一人の少年が長い間、球場に通う事になる。凄い投手だからこそ、自分のチームがそれを打ち崩して勝つのを是非見てみたい。本当のエースはそうやって、相手チームのファンをもスタジアムへと足を運ばせるものなのだ。そしてそんな景色を、少し後ろのちょっと安い席から見てみたい。そしてその時、筆者は一人密かに少し誇らしく思うのだ。「おじいちゃんはな、宮城を彼がドラフトで指名された年からずっと見て来たんだぞ」。

 そして物語はまだ続く。何故なら、宮城が今の能見の年齢になるまで投げ続けるなら、彼はそこから更に10年以上も投げ続ける事になるからだ。長い長い「エース」の物語がはじまるのはここからだ。

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