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ベイスターズファンの私にとって「エース」とは? 探し続けていたのは今永昇太だった

文春野球コラム ペナントレース2021 共通テーマ「エース」

2021/05/27

 拝啓、木村先生。

 エース。
胸をキュッと締め付けるようなこの響き。
エース。それは届きそうでつかめないイチゴのよう。アイムプラウドオブエース……。

 先生。今年のベイスターズはもう、ご存知の通り手負いの獣です。横浜DeNAベイスターズとして10年目、球団の宝を監督に迎え入れ、「横浜一心」というスローガンを立ち上げて。

 一心といえば、江戸のヒーロー一心太助は、女中が家宝の皿8枚セットのうちの1枚を割ってしまい「手討ちに致す!!」と激おこのお殿様に「皿がなんぼのもんじゃい」とあろうことか残りの7枚をわざとブチ割って、結果的にその女中は手討ちを逃れたという逸話があります。私は思いました。今季のベイスターズにおける「一敗」もまた、「奇跡の同点直後の9回サヨナラ被弾」「まさかの11−11」など衝撃的な出来事が矢継ぎ早に起こるため、結果「一敗」の重みは薄れていく。これは横浜一心太助状態と呼べるのかもしれません。呼べません。

 傷む気持ちに、お心遣いは無用です。「ベイスターズ今季初勝利」がなかなかやってこなかったあの時、何よりも心をえぐったのは、優しい他球団ファンの方々による「ベイスターズが心配……」という声でした。勝率も3割を切りますと、優しさすら素直に受け入れられなくなる。バカにされるのは辛い、でも心配されるのはもっと辛い。自分のことでもないのに、ファンとは不思議な生き物ですね……。

 もうこうなれば何が起きても驚かない、何が起きても怖くない。そしてまた交流戦がやってくる。赤い目をした王蟲(パ・リーグ)の群れの前に身を投げ出すナウシカはこんな気持ちだったのでしょうか。。いや正しくは、ベイスターズにはまだあの人がいないから、それは本当の絶望ではなかったのです。青き衣をまといて、金色のマウンドに降り立つその人。失われし勝利との絆を結び、ついに人々を青き清浄のハマスタに導かんエースの帰還を。

ようやく見つかったベイスターズのエース

 今永昇太です。探して探して、ようやく見つかったベイスターズのエースです。少年のように真っ黒に日焼けをして、子犬のような澄んだ眼差しで、哲学者のように言葉を紡ぎ、雨の中チームを勝利に導く。投げたがり、勝ちにこだわり、時に厳しく己を律する。調子のいい時ほど味方の援護はなく、調子のいい時ほどスコンと打たれるソロホームランに苦笑して、それはまるで左腕がうなれば狙いは外さない野村弘樹のよう。

 うらやましいんです先生、京セラドームにはイキのいいエースが次々と湧き出る泉があるんですよね。一方のベイスターズは先発砂漠の中、長らくエースを探し求め、ついにはエースの意味を拡大解釈し、さまざまなバラエティに富んだオリジナルエースが生まれては去っていきました。宇宙人エース、どすこいエース、高速クイックエース……みんな元気にしてるでしょうか。

 エースって何なのか、もはやそれが人なのかどうかも怪しくなってきました。以前私は、元西武のトンビこと東尾修氏に「エースの条件」を聞いたことがあります。彼は少し考えて、こう答えました。

「エースとはまず故障しない。チームから離れずローテーションを守り続け、それを10年続ける。あと最後まで投げたがること。投げるのが好き。それがエースの条件でしょうね」

 三浦大輔だ……とその時私は思いました。そして三浦大輔以降、ベイスターズにエースがいない事実をあらためて思いました。エースの不在はいつしか日常となり、もう探すことも、待つこともしなくなったある日、現れたのが大学ナンバーワン左腕、今永昇太だったのです。

 エースという存在がどれだけ心に安寧をもたらすのかを、私は思い出しました。どんなに連敗が続いていても、今永なら止めてくれる。絶体絶命のピンチでも、今永なら乗り越えられる。マウンドに立つ今永は、本当に光り輝いて見えるから不思議です。