昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

「トバに謝ってください!」伊藤光、戸柱、嶺井…ベイスターズ捕手陣のプライド

文春野球コラム ペナントレース2021

2021/05/19

「トバに謝ってください!」

 騒然とした横浜スタジアムに響きわたる、ある男の声。昨シーズン展開した忘れることのできないシーンである。

 グランドに歩み出てきた伊藤光が、相手ベンチに向かって言葉を投げかけた。決して横暴な感じではなく、諭すような口調。その表情からは、キャッチャーとして生きる覚悟と矜持が感じられた――。

「そこへ投げさせてしまった自分が悪いんですよ」

 ご存じのとおり苦戦を強いられている今シーズンの横浜DeNAベイスターズ。成績が振るわなければ当然マスコミやファンから批判を受けるわけだが、その矛先はフロントや指揮官、延いては選手たちに及んでいく。とくに“扇の要”と呼ばれ守りの中心人物であるキャッチャーへの風当たりは、とりわけ強いものとなる。

 今季は主に戸柱恭孝と嶺井博希がスタメンを務めているが、先発陣が粘ることができずなかなかゲームを作れないことに加え、本人たちも打率1割台と低迷しチームの勝利に貢献することがあまりできていない。日々、忸怩たる思いを胸の内に抱えていることは想像に難くない。

 キャッチャーは基本的にやることが多い。誰よりも早く練習に顔を出し、ミーティングを重ね首脳陣や同僚捕手と情報を共有し、個性豊かなピッチャー陣とコミュニケーションをとり、試合へ挑み、終われば動画で相手打者の研究をし、そして誰よりも遅く球場を後にする。本当に身も心もタフでなければ務め切ることはできない。

 今季のように試合でなかなか勝てなければメンタル的にも肉体的にも厳しい状況なのは間違いない。しかしハマスタへ行き練習中の戸柱や嶺井と顔を合わせると笑顔で「おつかれさまです、元気っすか?」と声を掛けてくれる。様子を見ていても練習の合間には仲間と談笑している姿もあり、いつものシーズンと何ら変わりはない。しかし、ふとグランドにぽつねんとしてひとりたたずんでいる両者を見ると、厳しく、悲しく、つらそうな顔をしているときがある。よく、ひとりでマウンドに立つピッチャーは孤独だというが、守備においてひとりだけ逆方向を見つめプレーするキャッチャーもまた孤独なのだろう。

 たまに「抑えれば投手の手柄、打たれれば捕手の責任」などと言われることがあるが、これはあまりにも極論だと思う。キャッチャーのミスリードも当然あるだろうが、ピッチャーが首を振って投げたいボールを投げるときもあれば、ベンチからの指示で配球を組み立てる場合もあり、捕手の責任ばかりではないことは明白だ。ただ、いつだか戸柱に訊いたことがある。構えたところとは違う、いわゆる“逆玉”が頻繁に打たれていた時期があり、これだって考えてみればキャッチャーの責任ではないだろう、と。

戸柱恭孝、嶺井博希、伊藤光

「最近、思うんですけどね」

 戸柱はためらうことなく口を開いた。

「そこへ投げさせてしまった自分が悪いんですよ」

 えっ、逆玉を投げさせてしまったのは、自分の責任だというのか!?

「例えば(逆玉を)投げさせないために、その前の配球をこうしとけば良かったんじゃないかって。ここを要求していたら(逆玉を)投げなかったのではないか、と考えるようにしているんです」

 不条理ともいえる状況でさえ飲み込み、プラスにせんとばかりに前を向く捕手のプライド。今はとにかくその想いが報われてほしいが、先日の17日に戸柱は2年ぶりに登録抹消された。両サイドの低めを駆使するリードでは一番の安定感があり、チームには絶対必要な戸柱の捲土重来に期待したい。