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「これしかやらない」超アナログな大手スーパーのデジタル化が成功 きっかけはトップの“ひと言”

「これしかやらない」超アナログな大手スーパーのデジタル化が成功 きっかけはトップの“ひと言”

#2

2021/08/16
note

自販機に「ありがとうございました」を言わせるのはDXではない

——本書には官民を問わず、壁にぶち当たりながらも、伝統や企業文化を変革していくDX人材の戦いが描かれています。なぜ彼らは、時に理不尽な目に遭いながらも、仕事に全力で取り組めるのでしょうか。

酒井 本書についてAmazonのレビューに「泥臭さと熱量」という感想があって、たしかに私が取材した方は全員、サラリーマンマインドではなかったですね。皆さん、一度や二度、挫折を味わって、それでもどん底から這い上がってきた経験があるからこそ、周りの人に優しくて、それがDXを推進するにあたっても周囲へ信頼感を与えているという気がします。

 それでも経営者の無理解などから、DX担当者は理不尽な目に遭ったりもします。「DXレポート」を執筆した経産省の和泉さんは、日本企業の文化である「カイゼン」がボトルネックだといいます。和泉さんは経営陣のマインドについて、こう言いました。

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「我が国は、何かをカイゼンし、少しでもよくなったら成長した気分になるということを繰り返しています。DXのXに当たる『Trans』は、上下が反転するという意味を持っていますが、そういう大きな変化を嫌う。『それなりに順調なのに、既存顧客に対して決別を意味するような施策をわざわざする必要があるのか』というのが本音でしょう」

 かといって、経営陣にDXの専門知識が求められるわけではありません。必要なのは、“普通の感覚”です。例えば、ジュースの自販機に「ありがとうございました」と言われたとして、またそこで買いたいとは思いませんよね。自販機がしゃべること自体はDXでもなんでもない。「ないよりもあったほうがいい」という感覚ではなく、「それ、ユーザーは別に嬉しくないよね」という、エンドユーザーの“普通の感覚”こそ、経営層に必要だ。和泉さんもそうもおっしゃっていました。

AIカメラで客の「属性」「導線」「棚前行動」を判別

——本書に登場するDX担当者たちも、エンドユーザーの“普通の感覚”や顧客データを非常に重んじている人ばかりだという印象でした。

酒井 結局DXにおいては、最終的にはユーザーのメリットがどれほどあるかが、成否を左右するのです。だから、ユーザー目線を持とうとすることがとても大切です。それは本当にユーザーが求めているサービスか。しかし、「人は自分はなにが欲しいのかわかっていない」とよく言いますよね。人は自分の経験から語ることが多いので、面と向かって「何に困ってますか?」「欲しいものはなんですか?」と聞いても、本質的な答えが返ってくるとは限りません。「ドリルを買う人が欲しいのは『穴』である」ってやつです。だから、ユーザーは一体なにを求めているかを、デジタルを使って把握しようとする企業が増えています。

 ニーズがあるということは、言い換えればそこに困っている人がいるということ。だから、ニーズを探り、それに応えるということは、顧客を大事に思うことと同じなのだと思います。

 スーパーマーケットの「トライアル」は、AIカメラを使って来店客の購買行動を分析しています。国内の小売業では、1980年代頃から、何が、いつ、いくつ、いくらで売れたかというPOSデータをもとに売り場での販促施策が練られてきました。ポイントカードが一般的となった近年では、どんなステータスの人物が購入したかまで紐付けられるID-POSデータの活用も定着してきています。でも、これらはあくまでも売れた商品に基づく分析で、購買に至るまでの導線やPOPなどの販促ツールの効果、買わなかった人の棚前行動はブラックボックスのままでした。それが、AIカメラを使えば、来店客の属性や導線、棚前行動がかなりの精度で判別できる。推測の域を出なかった行動も分析に生かすことができるのです。

「トライアル」千葉・長沼店 ©酒井真弓

EC顧客にIDを付与し「属性」や「購買履歴」を管理

 化粧品大手の「コーセー」でも新たな試みを始めています。コロナ禍で化粧品の購入方法が変わり、8割以上が「ECサイトで購入」と回答するこの時代に合わせて、SNSとECの合わせ技で美容部員が商品の魅力やメイクの知識を伝えて、それがどれくらい購入に繋がったのかを可視化するシステムを利用しているのです。

——しかし、ECサイトで商品を売れば売り上げが伸びる、という単純なものではないわけですね。

酒井 もちろんです。ECサイトはごまんとあります。新規顧客は取り合いで、いかにリピーターを増やすかが焦点になります。そこで、コーセーでは戦略的なマーケティング展開を見据えてCRM(Customer Relationship Management、顧客情報管理)システムの整備に乗り出しました。EC顧客に個別のユーザーIDを付与し、属性や購買履歴などを管理するのです。

 DXプロジェクトメンバーの進藤広輔さんは「ものごとをきちんと数字で追えるようにしましょう。データ化されていないものはデータ化し、それを蓄積するところから始めましょう」と呼びかけたそうです。

——コーセーでは今、サプライチェーン改革に挑んでいるそうですね。

酒井 CRMによって購買行動が可視化されると、自ずとこの課題に行き当たるわけです。マーケティングのDXを真の顧客価値に繋げるには、原材料の調達から製造、在庫管理、配送、販売、消費までのサプライチェーンをよりスムーズにするための仕組みが必要だからです。進藤さんは今では組織変革に取り組んでいるそうです。

「DX人材」をどうやって確保すればいいか?

——本当に様々な企業がDXに取り組んでいることがよくわかりました。しかし、必要だとわかっていても、どこから始めればよいのかわからないという企業も多いはずです。そうした企業にアドバイスはありますか。

「トライアル」でのDX ©酒井真弓

酒井 多くの人が「人材が社内にいないので難しい」と言うんです。そして、「自分の会社は有名じゃないし、どうせいいDX人材は採用できない」「自分は門外漢だから」などと言い訳をして、諦めてしまうことが多いのです。

 でも、本書に書いたように日本には素晴らしいDX人材が、実はたくさんいるのです。社内にいませんか? 新しいモノ好きだったり、Excelがめちゃくちゃ得意だったり、動画を編集してYouTubeに上げていたり、難しいことを咀嚼して伝えるのが得意だったり、アナログな働き方に課題意識を持っていたり。そういう人はおそらく素質があります。初めからプロじゃなくていいんです。その人がやってみたいと思えるような機会や環境を作ってあげることが大事だと思っています。

 社員として採用できなかったとしても、副業のかたちで応援してもらう手もある。彼らは“オープンマインド”な人が多いので、自分たちがアナログな企業だからといって怖がったり、不必要にへりくだることはないと思います。むしろ、彼らの中の情熱に訴えかければ素晴らしい化学反応が起こるかも知れない。まずはそういう人たちの存在を知ってもらえれば、日本企業の可能性はすごく広がるんじゃないかと思っています。

ルポ 日本のDX最前線 (インターナショナル新書)

酒井 真弓

集英社インターナショナル

2021年6月7日 発売

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