コロナ禍で多くの国民が実感した、我が国のデジタル化の遅れ。一律10万円の特定給付金や飲食店への協力金の給付の遅れやトラブル発生の原因はまさにそれに他ならない。私たちは役所の窓口で手書きの書類に記入し、ハンコを押さなければならなかった。

 それがいまコロナの影響を大きく受け、官民ともにデジタル社会の基盤づくりにようやく本腰を入れた段階に突入したと言える。そこにはデジタルの力によって社会や組織に変革を起こすDX(デジタルトランスフォーメーション)と正面から向き合い、本気で未来を変えようとしている「DX人材」たちがいる。

 6月に刊行された「ルポ 日本のDX最前線」(集英社インターナショナル)は、霞が関から小売、飲食、金融、製造、エンタメなどDXに取り組む企業まで、彼らの試行錯誤をノンフィクションライターの酒井真弓氏が追ったルポルタージュだ。経産省や金融庁、コーセー、セブン銀行、コープさっぽろ、イカセンターなど、幅広い分野の組織のDXの現状を取材し、その現実に迫っている。

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 同書の中から「金融庁DX」の実態に迫ったパートを転載する。(酒井真弓さんのインタビューはこちら。前編後編

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公募しても「民間DX人材」は振り向いてくれない

「デジタル庁、民間人材を募集」、そんな見出しがメディアを駆け巡った2020年の末、金融庁も人知れずDX人材公募の準備を進めていた。経済産業省、農林水産省に続き、金融庁にもようやく人材採用の予算が下りたのだ。しかし、これまで通り金融庁のウェブサイトで公募しても民間のDX人材は振り向いてくれない。少しでもターゲット層の関心を集められるよう、即戦力人材に人気の転職サイトも使った。

 だが、一般的に金融庁は金融機関を厳しく監督・監視するところ、もしくはTBSドラマ『半沢直樹』の黒崎検査官のイメージではないだろうか。それは金融庁のほんの一面でしかない。金融庁とは何をするところで、どのようなDXを進めていこうとしているのか、金融庁総合政策局の稲田拓司に話を聞いた。

金融庁総合政策局の稲田拓司氏 ©酒井真弓

「正直、ダメ出しをするのがつらいときもあります」

 金融庁の役目は、トラブルを起こした金融機関の責任を追及することではない。そこから再発防止のヒントを摑み、広く他の金融機関にも周知することだ。金融機関の合併や大規模なシステムの統廃合、また、暗号資産交換業者やデジタルバンクといった新たなジャンルの金融機関が営業を開始する際にも、システム設計やサイバーセキュリティ対策、窓口業務の教育に至るまで徹底的に不備を洗い出す。金融庁が蓄積してきた古今東西さまざまな金融機関の失敗の歴史が、ほころびを見つけ出すための材料となっている。

 現在は金融庁の情報システム部門を担う稲田も、以前は検査官だった。「実際の検査で も、パソコンやハードディスクなどを押収するケースがあります。デジタルフォレンジック(デジタル鑑識)と言って、中のデータを保全した上で解析したり、消されたデータを復元するということもやっています。これによって、経営陣が社員に対して不正行為を働きかける指示を出した証拠を炙り出したこともあります」