コロナ禍で多くの国民が実感した、我が国のデジタル化の遅れ。一律10万円の特定給付金や飲食店への協力金の給付の遅れやトラブル発生の原因はまさにそれに他ならない。私たちは役所の窓口で手書きの書類に記入し、ハンコを押さなければならなかった。

 それがいまコロナの影響を大きく受け、官民ともにデジタル社会の基盤づくりにようやく本腰を入れた段階に突入したと言える。そこにはデジタルの力によって社会や組織に変革を起こすDX(デジタルトランスフォーメーション)と正面から向き合い、本気で未来を変えようとしている「DX人材」たちがいる。

 6月に刊行された「ルポ 日本のDX最前線」(集英社インターナショナル)は、霞が関から小売、飲食、金融、製造、エンタメなどDXに取り組む企業まで、彼らの試行錯誤をノンフィクションライターの酒井真弓氏が追ったルポルタージュだ。経産省や金融庁、コーセー、セブン銀行、コープさっぽろ、イカセンターなど、幅広い分野の組織のDXの現状を取材し、その現実に迫っている。

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酒井真弓氏 ©文藝春秋

 ついに9月にはデジタル庁が発足する。その“国家的DX前夜”の現在、酒井氏にこの国の「DXの実情」について聞いた。

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「紙と人件費はタダ同然」「前例主義」が足かせに

——「ルポ 日本のDX最前線」は一見、DXとは無縁のようにも思える外務省におけるDXの実態から始まっています。外務省を担当する政府CIO(内閣情報通信政策監)・大久保光伸補佐官のインタビューはアナログな霞が関の実態を映し出していました。

酒井 あえて、DXとは遠いイメージを持たれている官公庁を最初に取り上げたんです。でも外務省でも着実にDXは進みつつあります。印鑑廃止、ペーパーレス、電子決済、テレワークなど、コロナ禍で霞が関の働き方は変化していますが、若い官僚たちが以前では考えられないほど退職していっています。2019年度に退職した20代の官僚は87人。その6年前の4倍以上です。20代のデジタルネイティブ世代が、アナログで非効率的な働き方に違和感を覚えているのは想像に難くありません。

国民を混乱させた一律10万円の特定給付金のトラブル発生の原因は、まさにDXの遅れだった(総務省ホームページより)

——改革にあたっているCIO補佐官の大久保氏はもともとは官僚ではないのですね。

酒井 大久保さんは、銀行などの金融機関でIT改革を手掛けてきた人物です。現在は外務省の他に財務省の政府CIO補佐官、金融庁の参与を務めながら、民間企業でも働いています。霞が関のDXを進めるには、官民のギャップを知っていることが強みになるとおっしゃっていました。

 彼いわく、「改革は9割方抵抗に遭う」そうです。職員にしてみれば、改革以前に目の前の職務を決して疎かにはできません。「国民のため身を粉にして働くのが正義」「紙と人件費はタダ同然」が当たり前で、「先輩たちも皆こうしてやってきた」という前例主義も手伝って、業務改革(業務プロセスを根本から見直し、効率や生産性を高める取り組み)が進んでこなかった背景があります。

 それでも彼がしつこく「DX推進」「DX戦略」と言い続けていたら、職員が公文書に「DX」と書き始めたそうです。「『時代が変わる』と思いました」と仰っていました。

政府CIO補佐官の大久保光伸氏 ©酒井真弓

——エラそうで硬直した「霞が関文化」も徐々に変わりつつあるのでしょうか。

酒井 コロナ禍で変化を迫られたことも大きいと思います。現場にいる人たちの意識は大きく変わってきています。意外に聞こえるかもしれませんが、取材させていただいた方やその周辺の方で「エラそうな人は1人もいない」のが現状なんですよ。