コロナ禍で多くの国民が実感したデジタル化の遅れ。それがいまコロナの影響を大きく受け、官民ともにデジタル社会の基盤づくりにようやく本腰を入れた段階に入った。そこにはデジタルの力によって社会や組織に変革を起こすDX(デジタルトランスフォーメーション)と正面から向き合い、本気で未来を変えようとしている人たちがいる。
6月に刊行された「ルポ 日本のDX最前線」(集英社インターナショナル)は、霞が関から小売、飲食、金融、製造、エンタメまでDXに取り組む企業の試行錯誤をノンフィクションライターの酒井真弓氏が追ったルポルタージュだ。経産省や金融庁、日清、コーセー、セブン銀行、コープさっぽろ、イカセンターなど、幅広い分野の組織のDXの現状を取材し、その現実に迫っている。(前後編の後編。前編「官公庁編」はこちら)
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古いシステムに50億円かけて「サグラダ・ファミリア状態」に
——第2章ではまず「コープさっぽろ」をとりあげていますが、小見出しにもあるように、まさに「超アナログ組織の山あり谷ありDX」という感じで、とてもドラマティックな物語です。
酒井 コープさっぽろは、北海道全域でスーパーや宅配、物流、食品製造などなど多角的に事業を展開し、北海道全世帯の約65%にあたる約186万世帯の組合員を抱えている大規模組織です。問題は、56年の歴史の中で投資を繰り返し、膨れあがった大規模かつ重厚な「レガシーシステム」でした。それは発注から帳票、物流、宅配まで多岐にわたり、すべてが“建て増し”状態だったのです。
6年ほど前に、30億円の予算を掛けてレガシーマイグレーション(古い仕様、製品に基づいて構築された情報システムを、新しい技術や製品をベースとしたものに置き換えること)をスタートしたのですが、実際には50億円をかけてまだ終わっていない。2020年3月にCDO(最高デジタル責任者)に就任した対馬慶貞さんに言わせれば、「サグラダ・ファミリア状態に陥っていた」というのです。
——それが対馬さんのCDO就任をきっかけに大きく動き出していくわけですね。それまではITベンダーに依存し、内部にエンジニアが1人もいなかった組織が……。
酒井 コープさっぽろにおける対馬さんの取組みの最初の転機は、東急ハンズやメルカリでCIOを歴任した長谷川秀樹さんとの出会いでした。長谷川さんは2019年11月に独立し、複数企業でデジタル化を担う「プロフェッショナルCDO」の道を歩み始めたばかりでした。その長谷川さんが2020年2月にコープさっぽろの非常勤CIOに就任したのです。長谷川さんにとっては、東京と北海道の“2拠点生活”も魅力だったようです。
トップが「全てSlackでやりとりする」で「Excel依存も解消」
しかし長谷川さんが最初にこだわったのはシステムの刷新ではなく、コミュニケーションやデスクワークといった仕事の効率化でした。例えば、Slackの導入は「電話やメールでのやりとりをチャットに置き換えただけ」と短絡的に捉える人も多いのですが、その本質は圧倒的な速さにあるんですね。コープさっぽろではSlackの導入で、組織の風通しまでよくなったそうです。
——トップの大見英明理事長の行動も大きかったそうですね。率先してSlackを使い、役員全員に「私はこれから全てSlackでやりとりする」と宣言したとか。
酒井 小売業のDXは、トップが腹をくくると速いのだと対馬さんは言っていました。結果、Slackなどのビジネスツールの勉強会が組織内で頻繁に開かれるようになりました。「#random」というチャンネルでは、いつしか「どんな商品があったらいいと思いますか」「普段の買い物でつい買ってしまう商品を教えてください。テレビCMで扱う商品の検討材料にしたいです」といった書き込みまでされるようになりました。
社内のいたるところからリアクションがもらえる。ある職員の方の言葉を借りれば、コミュニケーションがSlackに変わったことで、「コープ愛が深まるので大好きです」だそうです(笑)。現場にはびこる「Excel依存」も解消され、タイムリーな情報共有が可能になったそうです。