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「炊飯時間をずらすだけで命が救える」東日本大震災後に広まった“ヤシマ作戦”の舞台裏…石巻出身の20歳青年に「エヴァ」公式が賛同したワケ

『防災アプリ特務機関NERV 最強の災害情報インフラをつくったホワイトハッカーの10年』より #1

2022/03/24
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「版権元には謝らなければいけないし、自分が責められる覚悟はしていました。でも、怒られるのをわかって電話する、それも、大好きなエヴァンゲリオンの権利者に対してです。こんなにイヤな電話はありませんでした」

 電話を持つ手から汗がにじみでてくる。柔らかく落ち着いた声で神村は電話に出た。

 石森は必死に説明した。自分が特務機関NERVというツイッターアカウントを運営していること。そのアカウントで「ヤシマ作戦」と名付けた節電の呼びかけをしていること。著作権を侵害していること。迷惑をかけていることへの謝罪。そして、緊急期の間だけでも名称とロゴを使わせてほしいこと。

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「ご事情はわかりました」

 神村は静かに言った。即答はしなかったが、前向きに関係者と協議すると言って電話を切った。

 実は、神村自身「ヤシマ作戦」の広がりを把握していたという。

「節電という社会的に意義のあることをやっているし、作品に対する敬意も持ってくれていました。それに、不安を煽るのではなく、抑制的に正しい情報を発信している。ある意味、こちらは『知らんふり』をして使い続けてもらっていいだろうと思っていました」

 それでも、石森のもとに懸念の声が寄せられていたように、グラウンドワークス側にも「許諾しているのか」「やらせておいていいのか」といった問い合わせが届いていたという。

「我々が文句を言う必要はないと思いつつ、反響も大きかった。石森さん側がこちらに気をつかって取り組みをやめるようなことがあれば本末転倒です。1度、しっかり話してみたいと思っていました」

 知人の仲介で、石森に連絡先を伝えてもらったという。

 石森は当時20歳。「そんなに若い人がやっているとは思わなかった」と神村は笑う。だが、情報発信に対する真摯さやバックエンドの技術力を知り、信頼を強くした。実家が被災し、連絡が取れていないこともこのとき聞いた。

『エヴァンゲリオン』公式も賛同

「そうした発信に特務機関NERVの名や『ヤシマ作戦』という言葉を使ってくれるのは光栄だし、石森さんの誠実さもよくわかった。できる限り応援したいと伝えました」

 神村は『エヴァンゲリオン』シリーズの新劇場版を制作するカラーなどへも連絡を取ったうえで、対応を決めた。

 12日夜、神村から石森へ電話が入る。伝えられたのは、「非公式」という前提で使用を認めるとの内容だった。翌13日には、「新劇場版」の2作目として公開された映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』(2009年公開)の公式ブログがヤシマ作戦に言及した。全文を引用する。

 東北の被害、本当に心が痛みます。

 被害にあわれた方々に心よりお悔やみを申し上げるとともに、被災地の1日も早い復興をお祈りしたいと思います。

 私たちも何かできることは無いものか、と、関係者で話し合っています。

 皆さんにご協力をお願いすることもあるやもしれません。

 “できること”といえば、全国的な節電を呼びかける「ヤシマ作戦」というキャンペーンがツイッターなどで有志の方々に広がっているとのこと。

 “全国から力を集める”エヴァ作品中での作戦名が、こんなときの旗印に使ってもらえるなんて、…こんな素晴らしいことはありません。

 遠隔の地にいて被災地に何を届けることもできずにいる私たちですが、使う電気を減らすだけでも支援になるんですものね。

 原子力発電所の停止や火力発電所の出力減で、電力不足は本当に深刻な問題です。石油を陸揚げできる港が打撃を受けた現在、関西や九州など遠隔の地域での節約であっても、全国レベルでの節電活動は必ず成果のあることだと思います。

 私たちも遅まきながら「ヤシマ作戦」に賛同し、参加したいと思います。

 皆さんも、個人でできる小さな支援活動、“節電”を、ぜひ!!

 公式が賛同を表明する。公認ではないが事実上使用を認め、後押しする内容だった。石森は言う。

「勇気づけられた。権利者の方々の後押しがあって、ヤシマ作戦にさらに力を注ぐことができました」