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「何も終着駅じゃないよ。こっから出発点だ」“甲子園優勝の夢”を失った明徳義塾の選手たち…落ち込む彼らを鼓舞した「馬渕監督の言葉」

『コロナに翻弄された甲子園』 #2

2022/08/06
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 当然、野球部員も例外なくコロナの感染対策を守りながらの生活を送ることを余儀なくされた。寮内では検温と消毒を徹底的に行い、日常はマスクをつけての生活をするなどいたるところに制約が生まれ、「いったいこの状況がいつまで続くのだろう」と不安が続いた。

目標を失った選手たちに「馬渕監督が送った言葉」

 夏の甲子園出場を目指して練習に励んでいるなか、馬淵と選手たちにとって聞きたくなかったニュースが、5月20日に飛び込んできた。

 第102回全国高等学校野球大会の中止――。

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 馬淵は声を失った。目指していた目標がなくなることの絶望感といったら、何物にもたとえようがないほど、深く落ち込むしかなかった。同時に今すぐにやらなければならないことが目の前にある。

「選手たちにはどう伝えればいいのか」

 2ヵ月前にセンバツがなくなったときには、「夏に目標を切り替えよう」と考えることができた。だが、その夏がなくなってしまった。当時の3年生たちは2年2ヵ月の間、「自分たちの代でも必ず甲子園に行くぞ」と意気込んでいた。

 彼らが1年生のとき、2年前の100回の記念大会の夏、明徳義塾は高知予選の決勝で高知商業に2対10で敗れ、夏の出場を逃した。だが、翌2019年は2年ぶり20度目の甲子園出場を果たし、2回戦で智弁和歌山に敗れた。先輩たちの無念は自分たちが晴らすとばかりに、新チームになってからの秋、冬と成果を残してきたという自負もあった。

 それが新型コロナウイルスという、思ってもいなかった難敵を前に、夏の甲子園大会そのものをあきらめなければならないなんて――。馬淵はこのときばかりは、「言葉を尽くして選手たちに気持ちを伝えよう」と考えていた。

 この日の夕方、馬淵はグラウンドに選手全員を集め、彼らを前にこんな話をした。

「今、日本高野連の発表で中止が決まった。今大会は102回の回数には入れるらしいが、中止。地方大会も中止だ。

 お前らが目標にしとった大会がないので、非常に残念でたまらん、俺も。3年生はセンバツも中止になったところで、最後の夏に自分の力を発揮できる大会がなくなったというのは、本当につらい。今の社会情勢から言ったら、お前らも50%ぐらいは『ないんじゃないか』という気持ちは持っていたと思うけど、正式に決まったんで。

 ただ、いつも言っているように、高校野球の目的は『人間作り』やから。勝つか負けるかわからん。優勝せん限り、どっかには負ける。4000校近いチームのなかで1チームだけで、あとのチームは予選か甲子園行ってどっかで負けるか、負けて終わるだけだ。

 目標にしとったものがなくなるというのは、本当にね、なんとも言えん。ひと言では残念としか言いようがないけど、それだけでは言葉が足らんと思うんやけど。

 目的は『将来につながるための高校野球』やから。それだけは忘れんなよ。勝った、負けた、甲子園に出場できる、できない、レギュラーになった、なれないと、いろんなことがあるけど、要は世の中に出て通用するようなことをグラウンドで学ぶのが高校野球なんや」