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「なんだ、育成か」巨人の育成選手が軽んじられ、ヤジられてもサインを書き続けた理由

文春野球コラム ペナントレース2022

2022/08/23
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 今年7月に甲子園球場での阪神対巨人の試合を見に行きました。久々にお会いした阿部慎之助コーチをはじめ多くのコーチ、選手のみなさんが僕の前回のコラム(「大手企業の内定を辞退して巨人にテスト入団 “最底辺”の育成選手が驚いた菅野智之、坂本勇人の言葉」)を読んでくださっていて感激しました。やはり巨人というチームは温かいな……とあらためて実感しました。

 アマチュア時代の実績皆無のテスト入団、わずか3年しか在籍していない育成選手――。そんなプロ野球界の最底辺にいた僕ですが、意外と応援してくださるファンの方は多かったと自負しています。今回はそんな「プロ野球選手とファンサービス」について書かせてもらいます。

育成選手だろうと求められるサイン

 大学時代にテレビ番組で明石家さんまさんのある逸話を知りました。さんまさんが若い男性から割り箸の箸袋にサインを求められ、20年後に再会した男性から「あの時のサインを今も大切に持っています」と箸袋を見せられたというエピソードでした。それ以来、僕も「もしサインを書ける仕事につけたら、絶対に断らないぞ」と決めました。

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 大学でほぼ試合に出られなかった僕ですが、運良くテストに合格して育成選手として巨人に入団できました。1月の新人合同自主トレでは、さっそくファンの方からサインを求められる機会がありました。

 といっても、僕のサインをどうしてもほしいという物好きな方はいなかったに違いありません。「新人全員のサインを集めている」という方、「誰でもいいからサインがほしい」という方が多かったのだろうと推測します。

 それでも、求められたら心を込めてサインをさせてもらいました。僕のサインは「Shohei」の筆記体をさらに崩したようなものでしたが、初めてのサインは右手が震えてうまく書けませんでした。僕は幼少期の出来事を思い出していました。

 小さい頃、親に連れてきてもらった京セラドームで、当時日本ハムの若手だったダルビッシュ有さんにネット越しに声を掛けたのです。

「ダルビッシュさん、サインくださ~い!」

 ダルビッシュさんは僕の求めに応じてサラサラとサインを書いて、ボールを手渡してくれました。正直に言って何と書いてあるのか判別できないサインでしたが、十数年経ってもあの感動は忘れられません。

 選手にとっては毎日誰かにしているサインかもしれませんが、ファンからすれば1年で1回だけの野球観戦かもしれません。一生の思い出として刻まれる瞬間を大切にしよう。そう決めた僕は、よほど急がなければならない事情がない限り、ファンの方に声を掛けられたら足を止めてサインを書くようにしていました。

 もちろん、いいことばかりではありません。サイン中に背番号である「007」の3ケタの数字を書き込むと、あからさまに「なんだ、育成か」と表情に出す方もいます。子どもはもっと残酷です。「なんで007なの? 27とか37とかじゃないの?」と無垢な表情で尋ねてきます。

 僕はそのたびに、育成選手という制度について子どもに説明してきました。

「育成選手って背番号が3ケタなんだけど、活躍できたら0が取れていくんだよ。キミがプロ野球選手になる時は、1ケタの背番号がもらえるように頑張ってね」

 悔しさや情けなさといった感情はなく、ただ今の自分の立場を受け入れ、子どもたちに伝えたいと考えていました。

 客観的に見ても、巨人の選手はファンサービスに対して熱心だと感じます。

 入団直後、新人選手はさまざまな研修を受けます。日本テレビのアナウンサーを講師としてマスコミ対応の講座、TPOに応じた服装選びのファッション講座まで。研修を通して、プロ野球はどんな世界なのかを学んでいきます。

 そのなかに「ファンサービス講座」もありました。そこでは次のように教育されていました。

「ファンの方々がいなければ、我々は成り立たない仕事だ」

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