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「バカかお前は!」新幹線で突然キレた中年サラリーマン…鴻上尚史がそれを見て気づいた「日本人の悪癖」

『世間ってなんだ』 #1

2022/10/15
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 口癖は、いつも同じ口の形、同じ息の使い方をしますから、だんだんと慣れて、抵抗なく言えるようになります。つまりは、言葉の抵抗感が減るのです。

 で、このサラリーマンは、ワゴンのお姉ちゃんに怒りながら、じつは、職場の誰かに怒っているんじゃないかと、僕は感じたのです。

 で、思うのはね、なんだか、切ないよね、ということなのですよ。

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日本人は「ちゃんと働き過ぎ」

 僕はここらへんのことを、「気配りのファシズム」とか、「空気を読めというファシズム」と呼んでいるのですが、日本人はみんな、ちゃんと働き過ぎなのです。

 ただの働き過ぎじゃないですよ。「ちゃんと働き過ぎ」だと思っているのです。ただの働き過ぎだと、ダラダラと働いて、適当にストレスを発散できるかもしれません。でも、「ちゃんと働き過ぎ」ると、どんどんとストレスが溜まるのです。

 で、昔と違って、労働運動とか組合とかがどんどん弱くなっていますから、仕事の不満を仕事場で出せなくなっているわけです。

 僕のエッセーを読んでくれている人なら、みんな知っていますが、世界のどの列車も、日本の列車のように、毎回、ホームの同じ位置にきっちり止まることはないし、そもそも、分厚い時刻表なんてものもありません。

 僕が司会をしているNHK BS1の『COOL JAPAN』では、日本のJRの時刻表を見た外国人は、例外なく「信じられない!」と叫びます。1ヵ月の列車の運行が、びっしりと書かれた本が前の月に出るなんてことは、世界的に見れば奇跡です。いえ、冗談でも軽口でもなく。

 スペイン人の男性は、「スペインでこの時刻表を作ろうと思ったら、8月分の時刻表を作るのに、8月丸々1ヵ月かけてもできないね」と普通の顔をして言ってました。

 これはひとつの例ですが、とても象徴的な例で、僕たち日本人は、職場のいろんな空気を読んで、本当にきっちり働くのです。

 でもね、きっちり働き過ぎると、やっぱり人間ですから、ストレスが溜まるのです。溜まるのに、きっちり働き過ぎてるから、職場では怒れないのです。

 やっぱり、日本人は、世界的にどう見ても、「ちゃんと働き過ぎ」なのです。