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夜に「パン、パン」と銃声、「戦場のような事件」も起こり…“アメリカ危険都市”に住んだ朝日新聞記者の現場報告

『「断絶」のアメリカ、その境界線に住む ペンシルベニア州ヨークからの報告』より #1

2022/12/05
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車に生卵がぶつけられた「卵事件」

 住んでいて特段危険な目に遭ったことはなかったが、一度だけ小さな「事件」はあった。

 ある日、家の裏口を出て駐車スペースの車に乗ろうとすると、窓ガラスが白く汚れてハエがたかっているのに気がついた。

 車の周囲には、割れた卵の殻が散らばっている。誰かが生卵をぶつけたのだ。

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 このころは、コロナ禍の中でアジア系に対する嫌がらせや暴力事件が頻発していた。最初はアジア系の自分が引っ越してきたことに対する嫌がらせかと思った。

 ところが数週間後、アンドリューの車にも同じように生卵がぶつけられていた。

 アンドリューに聞いてみると、「ああ、あれはどうせ、隣の悪ガキのいたずらだよ」と答えた。

 隣のタウンハウスに住む一家には10代の少年2人がいる。この卵事件のときではないが、私たちの家の敷地内に無断で入っているのを、別の家の住民が見かけたことがあったのだという。

隣家の子供に自転車を盗まれ、悲しそうな表情のアンドリュー

 アンドリューによると、配達されたはずの荷物が見つからないことがあり、しばらくして隣家の母親が「私たちの家の裏庭に落ちていた」と持ってくるときがあったという。「荷物がそんなところに落ちているはずがないじゃないか。子供が盗んだんだよ」。アンドリューは半ばあきらめ顔だ。

 数カ月後には、今度は家の裏口に置いてあったアンドリューの自転車がなくなっていた。年季が入っていたが、アンドリューが手入れをして大切に乗っていた、お気に入りの1台だった。

裏口から見たタウンハウス。写真にあるアンドリューの自転車は盗まれた(写真=著者提供)

 タウンハウスの裏側のスペースは塀で囲まれているが、誰でも入ってくることができる。アンドリューはこのときも、隣家の子供の仕業ではないかと踏んでいた。「あそこは父親が子供に何も言わないんだよ。昔は僕も、バスケを教えてあげたりしたんだけどな……」。そう言って、少し悲しそうな表情を浮かべた。

 私は、ヨークに生活の拠点を移す一方で、元々住んでいたワシントン郊外のアパートメントの部屋も、借りたままにしておいた。在宅勤務でオフィスに行くことがないとはいえ、対面での取材や記者会見の機会がゼロになったわけではないからだ。

 2つの地域は、文字通りの別世界だ。

 ワシントン郊外のアパートは、ワシントンからポトマック川を越えた、バージニア州アーリントンにある。このあたりは発展が著しく、住宅価格も上昇を続けている。私のアパートがある地域は大邸宅が並ぶような高級住宅街ではないが、周辺は緑が多く、穏やかな空気に包まれている。