米大統領選挙や中間選挙で激戦州として注目されるアメリカ・ペンシルベニア州。その州の小さな町・ヨークに移り住み、“断絶”されたアメリカ社会のリアルを取材したのが、朝日新聞記者の大島隆氏だ。
ここでは、大島氏の著書『「断絶」のアメリカ、その境界線に住む ペンシルベニア州ヨークからの報告』(朝日新聞出版)から一部を抜粋。「銃が疫病のように蔓延」するヨークのリアルを紹介する。(全2回の1回目/2回目に続く)
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自分が知っていたアメリカとは違ったヨークでの暮らし
人口およそ4万5000人のヨーク市は、日本の墨田区ほどの面積の小さな都市だ。市内の大部分が、古い住宅が密集する市街地で、人口の6割強をアフリカ系やヒスパニックのマイノリティーが占める。私が住む地域も、黒人とヒスパニックが多い。
米国では、公開されている国勢調査の結果を基に、地域ごとの所得水準がわかる。私が住むブロックの家計所得(中央値)は年間約3万ドル、周辺地域もだいたい2万ドルから3万ドル程度だ。米国の平均的な家計所得の半分以下ということになる。
私はアメリカに住むのは3回目で、通算すると10年余りをこの国で過ごしてきた。ニューヨークでは、ヒスパニックの移民が多いクイーンズの下町に4年ほど住んでいたこともあり、庶民的な生活も知っているつもりだった。
それでもヨークでの暮らしは、これまで自分が知っていたアメリカとはあまりに違っている。
清潔に保つのはお金がかかる
最初に気づいたのは、衛生状態だ。
私たちのタウンハウス周辺では、夏場は大きなハエがたくさん飛んでいる。周辺の環境は、一見したところでは、とりたてて不衛生というわけではない。ただ、収集日前に置かれたごみ袋の破れた部分や、路上に落ちているチキンの骨やピザのかけらにハエがたかっていることがあり、そういうところからハエが発生しているようだった。
実際に住んでみてわかったのは、経済的な豊かさは衛生状態にも直結する、ということだった。
このころは米国でも、新型コロナウイルスの感染防止策として手洗いが励行されていた。だが、私がこの家に入居したとき、家の中のキッチンや洗面所には、手を洗うためのハンドソープや石鹼がどこにもなかった。キッチン周りにも、台布巾やペーパータオルがない。掃除機もない。
ごみ袋は、なくなったら住人の誰かが買い足すことになっているが、底をついたり、残りの枚数が限られているときがしばしばある。そのために大量のごみを1枚の袋に詰め込もうとすると、きちんと縛れなかったり穴が開いたりする。
郊外のスーパーマーケットに行ってこうした日用品を買いそろえると、それなりの金額になる。
そのときにようやく気づいた。
そもそも清潔に保つということは、お金がかかるのだ。