夜になると時折聞こえてくる「パン、パン」という音
窓の外から聞こえてくる大音量の音楽も、これまでの米国での暮らしでは経験したことのないものだった。
タウンハウスの前にはサウスビーバー・ストリートという1本の道路が通っている。それほど交通量は多くないが、通りがかりや路上に駐車中の車からは、大音量の音楽が流れてくることがしょっちゅうあるのだ。
ただ、こういうときには、さすがに誰かが家の中から出てくる。
路上の車に近づいて「ヘイ、ブラザー」と声をかけ、二言三言、言葉を交わす。すると音楽は止まり、路上には静寂が戻る。無秩序なようでいて、一定の秩序はあるのだ。
もう1つ、夜になると気になることがあった。時折遠くから聞こえてくる、パン、パンという音だ。最初は花火の音かと思っていたが、そのわりには頻繁だ。それまでアメリカで打ち上げ花火の音を聞いたことがあるのは、7月4日の独立記念日や新年くらいだった。
銃が疫病のように蔓延し、毎週のように銃撃事件が発生
ある日、地元のニュースを読んでいると、前日の夜に自宅から数ブロックのところで、銃撃による殺人事件が起きたと報じていた。そのとき、初めて思い至った。銃撃の音というのは、テレビや漫画のような「ズキューン」という音ではない。花火の音だと思っていた「パン、パン」という乾いた音は、銃声ではないか。
アンドリューに聞いてみると、銃声が聞こえることは確かにあるという。
「大学のグラウンドで花火を上げる学生がいるから、全部が銃声じゃないけどね」
「花火と銃声を聞き分けられるの?」
「僕はだいたいわかるよ。音の間隔が違うんだ」
銃社会といわれるアメリカだが、警察官が所持している銃を除けば、日常生活で銃を目にしたり、銃声を聞いたりする機会はめったにない。ところがヨークでは、銃が疫病のように蔓延し、市民生活を蝕んでいる。
市内では、死傷者が出る銃撃事件だけでも毎週のように起きている。死傷者は若者が圧倒的に多く、ときには10代の少年が被害者や加害者になっている。ヨークではいくつものギャングが活動し、長年の大きな課題となっている。日本であれば不良グループ同士のもめごと程度のことでも、銃があるので簡単に死傷者が出るのだ。
死傷者が出ない発砲事件に至っては、あまりに多いので警察は発表すらしない。自宅のバルコニーにいた男性が流れ弾に当たって負傷をしたという、まるで戦場のような事件が起きたこともある。