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2023年の論点

「全身麻酔を行い、医療器具で子宮の入口を拡張させ、子宮内膜を掻き取る」……なぜ日本ではリスクの高い中絶方法が選好されたのか

「全身麻酔を行い、医療器具で子宮の入口を拡張させ、子宮内膜を掻き取る」……なぜ日本ではリスクの高い中絶方法が選好されたのか

2023/01/05

source : ノンフィクション出版

genre : ライフ, 医療, 社会

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 戦後、西側世界でいち早く中絶を合法化した日本の医師たちは、独力で安全な中絶を模索した。古くからの「掻爬」は子宮に穴を開けてしまう恐れがあった。当初、「指定医師」しか合法的中絶をできないことにしたのは、掻爬が危険な方法だと見られていたためだろう。

日本とは異なる方向に進んだ海外の中絶方法は……

 やがて様々な工夫が積み重ねられ、個々の医師の研さんもあって、実際に事故も減っていったようである。その結果、欧米で「吸引法」が広まり始めた1970年頃までに、日本の医師のあいだでは「日本の中絶は安全」という見方が主流になっていた。欧米の医師とは違い、日本人は器用なので難しい掻爬でも巧みにこなせるという自負もあったようだ。

 一方、海外の中絶は職人技のような手技に熟練することで安全性を担保する方向には進まず、より多くの医療者が安全に使える方法が探索された。WHOによれば、今や吸引は助産師も使えるものになり、中絶薬は准看護師でも処方できる。

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 制度の問題や中絶観も影響している。日本の掻爬は徒弟制的な医学部の中で代々継承され、改善への動機は働かなかった。言語の壁もあって、海外のリプロの議論はほとんど入ってこなかったので、「権利のために中絶医療を改善しよう」という動機も働きにくかった。当事者の側も「中絶は悪」とする世間の罪悪視を内面化していたために、中絶医療の改善を求めることなど考えつきもしなかった。

©iStock.com

 中絶薬は1988年に中国とフランスで初めて承認され、今や優良で安価なWHOの必須医薬品として世界の約80カ国で使われている。国際産婦人科連合は、2020年3月にコロナ禍の間は中絶薬をオンライン処方して自宅で服用させることを奨励し、1年後にはこの方式を採用した国々の成果に基づいて、コロナ終息後も自宅服用を恒久化すべきだと宣言した。

 日本産婦人科医会が言い張るように、入院して服用させる高価な薬にするのでは、宝の持ち腐れになってしまう。

◆このコラムは、政治、経済からスポーツや芸能まで、世の中の事象を幅広く網羅した『文藝春秋オピニオン 2023年の論点100』に掲載されています。

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