『万引き家族』の是枝監督が初めて韓国で撮影した映画『ベイビー・ブローカー』が現在公開中だ。親が育てられない子どもを預ける、韓国の「ベイビーボックス(赤ちゃんポスト)」を是枝監督はどのように描いたのだろうか。
これまで日本の赤ちゃんポストや内密出産について取材を重ねてきた、ノンフィクションライターの三宅玲子さんが『ベイビー・ブローカー』の内容について解説する。
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映画「ベイビー・ブローカー」を観た。公開直後の週末のレイトショーだった。
私はその週、内密出産に関する記事を校了していた。内密出産とは、出産したことを他者に知られない権利と、赤ちゃんの出自を知る権利の両方が守られることを目指す仕組みだ。日本で唯一、赤ちゃんポスト(こうのとりのゆりかご / 以下、ゆりかご)を運営する熊本市の慈恵病院が、今年のはじめに内密出産を希望する女性の受け入れを発表し、法律がないなかで、国、熊本市、慈恵病院の3者は母子の福祉のための決着を手探りしていた。
だが、進捗を取材していると、女性の「知られたくない」という思いはかならずしも尊重されていないことが徐々にわかってきた。その問題点を指摘する記事を書いたものの、果たして狙いを読む人に伝え切れているのか、不安が残った。
赤ちゃんを産んだことを知られたくないという女性の思いは、その人の背景をよく理解しない限り、一般の人々には受け入れられない。女性は母親として責任を問われ、赤ちゃんは母親に育ててもらえないかわいそうな子、ということになる。
だから、当事者にどんな事情があり、どんな思いで内密出産を選んだのかを丹念に記述することは、内密出産の取材には欠かせない要素だ。けれど、赤ちゃんポストや内密出産を必要とする当事者に出会うことは簡単ではないし、会えたとしても事情を仔細に書くことはできない。女性が出産したことを周囲の人に察知される危険を避けるには、書くことが許される範囲は限られる。
果たして私の書いた記事で伝えたいことはちゃんと伝わっただろうか。もっと書き込むべきことがあったのではないか。そんなもやもやとした思いを抱えていた夜に「ベイビー・ブローカー」を観た。観終わって改めて思った。私たちはもっと当事者を知らなくてはならない。
※以下は『ベイビー・ブローカー』のネタバレを含みますのでご注意ください
赤ちゃんをめぐる4者それぞれの“理由”
「ベイビー・ブローカー」の舞台は隣国、韓国だ。雨の夜、若い女性が釜山の赤ちゃんポストに赤ちゃんを預け入れるところから物語は始まる。
赤ちゃんポストの運営者はストーリーにはほとんど関わらない。登場するのは、預け入れた女性と、闇取引で赤ちゃんの人身売買をしているブローカー二人組だ。女性は赤ちゃんを預け入れたものの、翻意して引き取りに赤ちゃんポストに戻ってくる。ところが、赤ちゃんはいなくなっており、ふとしたことからブローカーたちが赤ちゃんを売ろうとしていることを知る。
映画で描かれていたのは、取材が最も困難な、赤ちゃんを赤ちゃんポストに預け入れなくてはならない女性の姿だった。