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「赤ちゃんポスト」創設者が逝去 「子捨てを助長する」の声 それでも続けた理由

2020/11/07

 カトリック島崎教会は、熊本市西部、夏目漱石の小説「草枕」の舞台となった金峰山のふもとに立つ。近くにある加藤清正の菩提寺・本妙寺には、明治期、家を追われたハンセン病患者が多く集まっていた。マリアの宣教者フランシスコ修道会から布教に送り込まれたシスターたちはハンセン病患者のための施療院をつくった。望まない妊娠をした女性が匿名で赤ちゃんを預け入れることができる「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)で知られる慈恵病院の前身だ。

晩年まで車椅子でゆりかごに取り組んだ

 秋晴れの10月29日朝、このカトリック島崎教会でゆりかご創設者で同院理事長兼院長の蓮田太二氏の葬儀が行われた。アレサンドロ・トゥルコ神父は、小さき者、弱き存在こそこの世の主役だとした聖書の言葉に触れながら「困難な状況にある母子を支えようと子どものように打ち込んだ蓮田先生を、イエス・キリストは今頃、天国で大歓迎していますよ」と蓮田氏の奮闘を称えた。

蓮田太二氏 ©比田勝大直

 慈恵病院はカトリック島崎教会のすぐ脇にある。病院の生垣の間の小さな門を入ると、ゆりかごのドアが待ち受ける。これまでに155人の赤ちゃんがゆりかごに預け入れられた。

 2007年にゆりかごを開設したとき、法的な整備が整わないこの仕組みに対し、当時の安倍晋三首相は「抵抗を感じる」と反対姿勢を表明。地元熊本での賛否は半々に分かれた。副院長で長男の健氏(54)は不安に感じたという。

「ベッド数98床の地方の中小病院にとっては利益になりません。わざわざリスクをとってやることではないと、私は当時どちらかといえば反対でした」

慈恵病院

 蓮田氏が決心したのは、熊本県内で自宅出産などにより赤ちゃんが死亡する事件が立て続けに起きたことがきっかけだ。その数年前に視察したドイツの先行事例を実行に移した。

「子捨てを助長する」「預けられた子どもの出自を知る権利を守れない」と、設置には反対が圧倒的に多かったが、予期せぬ妊娠をした女性にとって必要な場所であり、「匿名」で預けられることは生命線だと、蓮田氏は譲らなかった。