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機能しなければ広告ではない。――伝説のクリエイター大貫卓也の仕事術 1

2018/02/22
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デザイナーとして最大のターニングポイント

大貫 なかでも大きな転機となったのが入社4、5年目に手掛けた豊島園の「プール冷えてます」のポスターですね。この仕事が僕のデザイナー人生における最大のターニングポイントで、これがなかったら、現在の僕はないでしょう。表面的なかっこよさだけを追い求める、広告の本質がわかっていないデザイナーになってたんじゃないかな(笑)。

 当時の広告業界は、バブルも相まって広告は時代の最先端を行くカルチャーだという匂いを発していました。広告クリエイターはとにかくかっこいいもの、おしゃれなものを追い求めていた時代で、僕自身もかっこいい広告を作ってスターになりたいと思っていました。僕を含め広告クリエイターのほとんどが広告という作品を作っていたんです。

 その当時、商品が売れるか売れないかという視点で広告を語っていた人なんてほとんどいなかったですからね。今考えると信じられない。熱に侵されたような時代だと思いますよ。

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 そんなある時、豊島園プールのポスターを作る仕事が回ってきました。当時まだ僕は入社数年で、そんな若手には滅多に任せてもらえない大きな仕事でした。その時の上司が「見た人が思わず豊島園のプールに行きたくなるポスターを作れよ」と言ったんです。

プール冷えてます/7つのプール〈1986〉

 その瞬間、ハンマーで頭をぶん殴られたような大きな衝撃を受けたんです。「そうか、広告は人を呼ぶという目的のためにあり、優秀な広告作品を作るためのものではないんだ」と言う当たり前のことに気づいたんですね。

 これをきっかけにして、かっこいいデザイナーになりたいという欲望や、デザイナーとしての自分の美意識は全てドブに捨てて、目的のために機能する広告を作ろうと決意したわけです。そこで、見た人が思わずプールに飛び込みたくなる表現とは何かを考えて制作したのが「ビール、冷えてます」をもじった「プール冷えてます」というコピーとペンギンのイラストで構成されたポスター案だったんです。

 最初は本当にこのポスターを世に出していいのか、かなり悩みました。確かに人を呼ぶという目的には合致して面白いことはわかっているんですが、このコピーもデザインも当時主流だったかっこよくてハイセンスな広告とは真逆。こんな見たこともない超ダサいポスターを作ることは、自分が最高にダサいデザイナーだということを宣言することと同じ。

 しかも若手に年に一度回ってくるかこないかの大チャンスでそれを出したら、もう僕のデザイナー生命は終わりだと思ったからです(笑)。しかし上司や先輩たちに見せたらまさかの大ウケです。苦渋の決断で正しい選択をしようと肚をくくって「プール冷えてます」のポスターを作ったんです。結果は世の中のみなさんにも大ウケ。「これぞ究極の広告!」とまで評価されたんです。これが「正しい広告」だった。やっぱり自分の考えは間違ってなかったんだと思いましたね。

 この時、自分の作家性を捨てた広告クリエイターとしての自分が、初めて確立したんですよね。目的達成のためなら惜しみなく自分を捨てるというか、本物のアートディレクターというものになってやるんだと思いましたね。