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特集
神童は大人になってどうなったのか? 名門校の神童たちは「すごい人」?「ただの人」?

小林 哲夫
2018/02/13

1977年に東大不合格だった「開成」の神童は、大人になってどうなったのか?

岸田文雄、武藤敏郎、官邸のアイヒマン、ナベツネ

 開成高校が東京大合格者数で初めて1位になったのが、1977年のことである。124人を数えた。以降、多数の東大生を世に送り続けてきた。1982年から今日まで36年間、東京大合格者数連続1位を記録し、「神童大量生産」校の役割を担っている(以下、人名の後のカッコ内は卒業年)。

 開成にとって記念すべき1977年に、合格がかなわなかった同校出身の政治家がいた。

 岸田文雄(1976年)。第2次安倍晋三政権で外務大臣を務め、現在は政調会長の任にある、ポスト安倍の最有力議員でもある。

岸田文雄氏 ©JMPA

 岸田は1957年生まれ。1年浪人したのち、早稲田大法学部に進んだ。大学卒業後、銀行員を経て、1993年に初当選した。安倍総理と同期である。

 岸田は何ごとにもソツなく仕事をこなしてきた。ハデなパフォーマンスもなく、いたって堅実な政治家だ。

岸田の答弁の手堅さは永田町随一だ

 地元後援会が発行する冊子では、岸田はこう描かれている。

「また岸田の答弁の手堅さは永田町随一だ。記者に『最も失言しない政治家は誰か』と問うと多くの記者が岸田の名を挙げる」(「FK翔」2014年)。

 それゆえ、永田町では信頼が厚く、いまや総裁選出馬が取りざたされている。本人はまんざらでもないようだが、沈黙を保ったままだ。野田聖子ほどの大胆さはない。かつて派閥の親分、加藤紘一の「加藤の乱」を目の当たりにしたからだろうか。思い切った行動は禁物という、加藤を反面教師とする姿勢によって、地味という印象をばらまいているフシがある。コメントは官僚的でおもしろみがない。記者泣かせである。

開成中学校・高等学校 ©文藝春秋

 メディアからも、こんな風にからかわれてしまった。

「話のつまらなさには定評があり、取材した記者の誰もが音を上げる。派閥パーティーの打ち上げの際、女性秘書たちが『岸田さんと同じテーブルになると会話が続かない』とこぼしていたこともありました」(「週刊文春」 2017年8月10日号)

 岸田は銀行出身らしくきめ細かな配慮ができ、大きなミスをしない。官僚出身政治家のような職能を身に付けている。

 じつは開成出身国会議員には官僚経由が多く見られる。おもな議員を並べてみよう(いずれも衆議院)。

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