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特集神童は大人になってどうなったのか?

東大野球部出身の神童は、大人になってどうなったのか?

商社・マスコミに強い元部員たち

2018/09/08

 8月23日、日本ハムの宮台康平投手は、福岡ソフトバンク戦でプロ初登板初先発した。

 宮台は神奈川県立湘南高校から東京大学文科Ⅰ類(法学部)に進み、同大学の野球部エースとして活躍した(6勝13敗)。2017年のドラフト会議で日本ハムからドラフト7位指名され、宮台は東京大出身者として6人目のプロ野球選手となった。

2016年、東大野球部時代の宮台康平選手 ©文藝春秋

 東大野球部出身は企業から引く手あまたである。「頭が良い」プラス体力と忍耐強さはビジネスの世界で間違いなく活躍してくれる。東大野球部神童はのどから手が出るほどほしい逸材だ。

東大野球部OBが多い“あの会社”

 東大野球部神童は卒業後、どのようなところで活躍しているだろうか。

 野球部のウェブサイトには1998年以降、当時4年生だった部員の進路が掲載されている。2004年から2018年までの15年分の進路を集計して、ランキングを作ってみた。

1位 三菱商事 8人
2位 三井不動産、住友商事、全日本空輸 4人
5位 伊藤忠商事、日本航空、日本生命 3人
8位 NHK、TBSテレビ、JR東日本、トヨタ自動車、野村證券、みずほ銀行、三菱地所 2人
(それぞれの年ごとに就職した4年生の進路を集計。原則として選手のみ)

 東大野球部神童は商社が大好きなようだ。

 なかでも三菱商事とは代々、相性がやたら良い。東大野球部三菱商事神童を紹介しよう(以下カッコ内は卒業年)。

©文藝春秋

 御手洗健治(1975年)は都立戸山高校出身。2010年~2012年、東大野球部の監督をつとめていたが、なかなか勝利に恵まれず、東大94連敗の歴史的敗北記録のスタートを切ってしまった。

 太田俊明(1977年)は、社内プロジェクトとしてパリ-モスクワ-北京ラリーに関わるなどの一方で、高校野球をテーマとした『白色の残像』を坂本光一名義で著している。同作は、第34回江戸川乱歩賞を受賞した。

 2013年、太田は東京メトロポリタンテレビジョンを定年退職し小説の執筆を再開する。16年『姥捨て山繁盛記』で第8回日経小説大賞を受賞する。

 山田聡(2008年)は北海道札幌南高校出身。自動車事業本部でロシア、カザフスタン、キルギスなどの自動車輸出に関わった。ペンシルベニア大学ビジネススクール(ウォートンスクール)でMBAを取得しており、出世街道をひた走る。

 三菱商事の内定を蹴ってプロ野球選手になったのが、元中日ドラゴンズの井手峻(1967年)だ。都立新宿高校出身。中日からドラフトで指名を受けてプロ野球選手となった。プロ生活は東大出身選手としては最長の10年間(実働8年)で公式試合出場回数ももっとも多い。通算成績は1勝、1ホームラン。引退後は中日球団の取締役となった。

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