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“問いかけ”だけで構成された伝説の書『質問』を知っていますか?

編集担当者に聞いた『質問』の楽しみ方

2018/02/19

 不思議な本だ。1ページにひとつ、質問が書かれている。たとえばこんなふうに。

――あなたの夢は何角形だと思いますか。 

 どうだろうか。三角形? それとも? 本書『質問』は、寺山修司の秘書兼創作活動を支えた田中未知によって1977年に刊行、このたび新装版として復刊された。日々、情報の洪水から「何かを受け取る」ことに偏りがちだが、ひるがえって自分に「何かを問いかける」ことはあまりないのでは。本書を編集した梅森妙さんに「質問」の楽しみ方を聞いた。

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『質問』(田中未知 著)
『質問』(田中未知 著)

「人に知られたい秘密をいくつ持っていますか」

「世界で一番孤独な場所はどこですか」

「心は体のどのへんに置いておくべきでしょうか」

 1ページにひとつずつ、日本語と英語の「質問」が365個並んだ田中未知著の『質問』は、答えはどこにも書かれていない。ただ、問いかけだけで構成されている。

 私が初めてこの本に出合ったのは、2000年。寺山修司主宰の演劇実験室「天井桟敷」の元メンバー稲葉憲仁さんに見せていただいたのがきっかけだった。

 1977年に自費出版されたという初版本は、カバーがついておらず、だいぶ変色していた。ページを開くと一つひとつの質問が浮かび上がってくる。1ページの文字数は少ないけれど、じっと考えているとページをめくる手が止まる。ページの余白は考えるために必要なスペースであり、答えは読むときどきで変わる。右から開くと日本語の質問がタテに並び、左から開くと英語の同じ質問がヨコ組で並ぶ。右開き、左開き、それぞれ両サイドが表紙になっており、真ん中あたりで日本語と英語の質問がリンクするというメビウスの輪のような構造になっている。

 著者の田中未知さんは20歳のときに寺山修司に出会ってからの16年間、60年代後半から80年代前半にかけて、共に演劇、映画、音楽、照明、美術、写真、雑誌編集など、さまざまな文化の領域で活動してきた。カルメン・マキのデビュー曲『時には母のない子のように』の作曲を手がけ、言語楽器《パロール・シンガー》、《幻想楽器》を考案。《ドアを演奏する》コンサートなど、独自の表現活動は特異さを極めた。

寺山修司氏 ©文藝春秋

 そんな中でも、自らを「質問家」と称して、「質問」をテーマに挑んでおり、そのひとつが『質問』という本であった。

 1982年には、池袋西武にて「質問と映像によるパフォーマンス」というイベントを主宰。寺山修司が出演し、「質問」に答えるという田中未知監督の短編映画の上映のほか、谷川俊太郎、岸田秀、三浦雅士、高松次郎らをゲストに迎えて、質問に答えてもらうというライブパフォーマンスを行った。

 

「行く道と帰り道とどちらが好きですか」

出典:『質問』

――「好き嫌いを問わず、帰り道っていうのを通ったことは一度もない。生まれてからずーっと行きっぱなしだという、そういう風に思っています」(寺山修司)

 

「石に向かって質問したことはありますか」

出典:『質問』

――「ぼくが石を愛するのは、あの沈黙のためです。石の沈黙……君はバラより美しい。だから彼らから何かを聞こうなどと思いません」(高松次郎/石にナンバーを振り続けたコンセプチュアル・アーティスト)

©安藤幹久/文藝春秋

 そのほか、ジョン・ケージ、ル・クレジオなどにも「質問」を送り、「答え」をもらっている。

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