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「朝鮮総聯ではなく民団を、ですか」警察庁外事課長が長官に思わず問い返した《在日コリアン2団体の“異常接近”》

外事警察秘録 第9回

2023/03/30
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月刊「文藝春秋」2023年4月号に掲載された北村滋氏の連載「外事警察秘録」第9回の一部を公開します。

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「日本との共生」を掲げる在日団体

 朝鮮半島にルーツを持つ「在日コリアン」による2つの団体を、外事警察はそれぞれ全く異なる目で見てきた。北朝鮮の強い影響下にあり、破壊活動防止法(「破防法」)で調査対象団体に指定されている「在日本朝鮮人総聯合会(朝鮮総聯)」については、人事や北朝鮮政権との関係性等をはじめとする動向を注視している。だが、警察庁外事課長だった私は2006年、在日韓国人のための団体で韓国政府との結びつきの強い「在日本大韓民国民団(民団)」で起きた当時の団長による朝鮮総聯への異常な接近と、それを阻止しようとした一部幹部の動きを直接、把握していた。

 民団幹部による朝鮮総聯への異常なアプローチは、2006年の団長選挙で河丙鈺(ハビョンオク)氏が団長に選出されたことで顕在化した。朝鮮総聯の指導の下に運営される朝鮮学校の講師の経験もある異色の民団幹部である河氏が団長に就任後、民団は朝鮮総聯との「和解・和合」を表明するなど急速に親北朝鮮に傾斜していった。仮に、民団が総聯に抱きつく形で一体化が成立していたとすれば、盧武鉉(ノムヒョン)政権(2003年2月〜08年2月)は、自身の対北政策の正当性アピールに利用していたことであろう。

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盧武鉉氏 ©時事通信社

 2006年4月11日午前7時半、私はホテルオークラの日本料理店「山里」で、朝食のテーブルに着いていた。国会開会中ということもあり、通常よりも早い時間設定であった。私以外のメンバーは、漆間巌警察庁長官(後に内閣官房副長官)、連立与党の木山令二(仮名)参議院議員、民団執行部の幹部、李憲一(イホニル・仮名)の3人である。木山議員は、宗教団体はもとより各種の社会運動にも広範な人脈を有することで知られる参院の大物中の大物であった。

 警察庁の一課長が、局長や官房長、次長ら首脳部を飛び越えて長官と朝食を同席する機会は通常、ない。まして、連立与党参院の重鎮と民団執行部幹部が同席していた。その特殊な会合の成り行きは想像も付かなかったが、食事もそこそこに、私は漆間長官の指示で前日までに準備した報告書の内容から、話せる要素を慎重に選び、説明を始めた。

 朝食会の数日前、私は警察庁長官室で、漆間流の例のスタイルで、「北村君、民団の現状を調べてくれ」と指示を受けた。いささか唐突な下命で、後で思えば間抜けであったが、「朝鮮総聯ではなく民団を、ですか」と思わず問い返してしまった。

 民団は韓国を支持し、友好国である「日本との共生」を標榜する在日団体である。しかしながら、その年、団長選挙で河氏がトップに就いて以降、急速に北寄りに舵を切り始めた。それは、北朝鮮との融和に力を入れる韓国の盧武鉉政権と同調する動きのようにも見えた。